人気絶頂の1983年8月、突然リングを去った初代タイガーマスクこと佐山聡。団体の不透明な金銭処理、社内抗争、格闘技への志向など様々な要因が囁かれてきたが、引退を決意させた最大の真実とは何だったのか?
宝島社の新刊『証言 アントニオ猪木 1983年新日本プロレス・クーデター事件』より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目)
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突然消えた「プロレス界のスーパースター」
「タイガーマスクを引退したあと、猪木さんに会いに行きました。『僕がクーデターを主導するわけがありません』と誤解を解きたかったんです」
1983年8月、タイガーマスクの突然の引退は世間に大きな衝撃を与えた。
プロレスファン、とりわけちびっ子ファンにとっては、最大級のスターが忽然と姿を消したに等しい出来事だった。
プロレスの風景を一変させる華麗な空中殺法で、日本中のちびっ子を魅了したタイガーマスク。毎週金曜夜8時から放送されていた『ワールドプロレスリング』では、その試合が20%を超える視聴率を記録することもあった。まさに子供たちのスーパーヒーローだった。
そのタイガーマスクは、なぜ人気絶頂でリングを去ったのか。結婚問題、団体の不透明な金銭処理と社内抗争、個人マネージャーの存在、そして自身の格闘技への志向――。現在では引退に至った複数の要因が語られているが、一番の理由はなんだったのか?
40年以上の歳月を経た今も、佐山聡本人の記憶は鮮明だった。

