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「結婚を考えていた」
「当時、お付き合いをしていた女性と結婚をしようと考えたんですが、会社から『結婚はさせない』と言われたんです。今思えばプロレスも人気商売ですから、会社としては当たり前の意見だったと思うんですけど、当時はそんなプライベートの部分にまで干渉してくるのかと反発しました。
そうかと思えば、今度はあるスポンサーを連れてきた時、そのスポンサーの前で『(8月18日に)ロサンゼルスで結婚式を挙げさせてやる』と言ってきた。そのことに僕の親が怒って『ロサンゼルスには行かない』という話になった。そんな時にちょうどクーデター事件があったので、みなさんは混同して誤解しているかもしれませんが、僕はクーデターには最後まで参加していません。
たしかに当時の新日本プロレスは人気が出てきて、お客さんもすごく入っていたのはわかってました。なのに選手の待遇はよくならない。タイガーマスクもみなさんが聞いたらびっくりするくらいのギャラでずっと試合をしていました。でも僕は少ないギャラでも、猪木さんのために頑張ろう、会社がどうなっても頑張ろうと思っていたんです。
アントン・ハイセルの資金集めの一環だった、長野県蓼科の別荘の会員権は僕も買いました。200万円だったと思います。最初に200万円払っただけで、そのあとの年会費はいっさい払っていません。とにかく忙しかったですし、別荘に興味はなかったので」