元外交官という異色の経歴を持つ「Sakana  AI(サカナAI)」共同創業者・代表取締役社長の伊藤錬氏。巨大資本が支配する土俵とは一線を画す独自の戦略を掲げ、創業わずか1年で国内最速のユニコーン企業へと駆け上がった同社は、いまやAI業界のみならず、政財官界、そして海外の金融機関からの注目をも一身に集めている。

 ロンドンと東京の2拠点を往復し、開発最前線のリアルな手触りと、外交官時代に培った「インテリジェンス」、すなわち情報収集・分析力を武器にする彼が、時々刻々と変化するAI業界の真実を読み解いていく。

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「ロール」についての熱弁

「いいかい、レン。大事なのはツールじゃなくて、“ロール”であることなんだ」

 ランチを楽しむ客で賑わうロンドン市内のレストランで、目の前に座る大柄な男性が、分厚いステーキを頬ばりながら身を乗り出すように語りました。

伊藤錬氏 ©日本経済新聞

 大きな目をさらに大きく見開いて、熱っぽく語るのは、ビジネス特化型SNSサービス「LinkedIn」の共同創業者であるリード・ホフマン。ホフマンは起業家、投資家として著名なだけでなく、シリコンバレーでも技術とその未来についての深い洞察で知られています。私は、昨年、パリでのAIサミットの際にホフマンと一緒に登壇して、AIがどこに向かって進化しているのか、そこに足りないものは何か、AI時代における労働の未来とは何かなどのテーマで議論しました。以来、定期的に食事をご一緒して、AIの未来や私の仕事についてアドバイスをいただいています。

 この日、私が「今後、金融機関と一緒に融資業務を支えるAIを作ろうとしているんだよ」と伝えると、ホフマンから返ってきたのが冒頭の言葉でした。彼はこの日、2時間にわたり、ずっと「ロール」について強調していました。

「ソフトウェアをツールとして渡し、『どうぞお使いください』ではダメだ。銀行の外に置くのではなく、あくまで銀行の業務の中に入れる。支店長がいて、融資担当者がいて、その人たちと並ぶようにAIを入れなければならない。AIにロール(役割)を与えるんだ」

 彼のような最先端のITトップが、なぜしつこいほどに「ロール」について熱弁を振るうのか。それは彼自身がAIのビジネス実装がいかに難しいかを、身を以て知っているからです。彼はIT経営者であると同時に、オープンAIの初期投資家の一人でもあります。