ヤン監督 リハビリテーションセンターのチュンホーの担当医を演じているのは、実際のお医者様です。撮影にあたり、医学的な知識や経験についても、その方に相談していました。

 映画におけるリアリティというのは、現実の暮らしをそのままコピーしたものではありません。そこで私たちはルールを決めました。

 人間の心理や本質に関わる部分は、徹底して真実を守る。一方で、具体的なストーリーは複数のエピソードを組み合わせて再構築してもよい。でも、人が感じる小さな痛みや本能的な渇望は偽ってはいけない。そこは譲れない一線でした。

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映画『ちっぽけな僕の、おおきな世界』

――「仕事があるということは尊厳なのだ」という言葉が印象的でした。「人間の尊厳」を描いたことについて、監督のお考えを聞かせてください。

ヤン監督 私が描きたかった“尊厳”には、2つの側面があります。1つは、社会がその人に対して、居場所を用意し、対等なまなざしで、その人の労働を受け入れること。もう1つは、どんな障壁が行く手を阻もうとも、その人には自分の価値を実現する権利があるということ。映画の中で語っているように、誰もが「その存在を認められる権利」を持っているのです。

 チュンホーにとって働くことは、誰かに世話をされ、同情されることではなく、自分の価値をもたらすことができる行為です。つまり彼にとって尊厳とは、働く者として自分を見てもらえる機会を持つことでした。

 私は「仕事さえあればすべて解決する」という幻想を描きたかったわけではなく、人間の根源にある願いを伝えたかった。つまり、自分の存在を認められ、何かを生み出し、自分で選択し、自分の力で生きていく権利があると伝えたかったのです。

主人公を取り巻く3人の女性

――この映画は、チュンホーの物語であると同時に、彼の母親と祖母、つまり母と娘の物語でもあると思いました。脚本を手がけたヨウ・シャオインさんは『シスター 夏のわかれ道』や、再びヤン監督と組んだ最新作(今年中国で公開された『我,許可』)でも母娘の関係を描いていますね。

ヤン監督 そうですね。この映画はチュンホー1人の成長物語ではありません。チュンホーの物語を中心に据えたまま、家族の基盤として母と娘の関係を描いています。ヨウ・シャオインは、母娘の間の繊細で言葉にしがたい感情を鋭敏にとらえる脚本家です。