――チュンホーを深い愛情で支える祖母、複雑な感情を抱えながら接する母親、チュンホーが恋心を抱くヤーヤ、この3人の女性が下す選択も印象的でした。
ヤン監督 私が祖母のチェン・スーチュンに託したのは、無条件に相手を受け入れることが、人間にとって、最初の、そして最も本能的な愛情の源になり得るという思いでした。
母親のチェン・ルーは、過去の心の傷にとらわれた、ごく普通の人間です。息子を愛し、母としての責任を懸命に果たしてきたけれど、どうすることもできないという強い無力感を抱き、「母親とはこうあるべき」という考えに縛られている。私が彼女を通して考えたかったのは、不完全であることや、自分自身のために何かを望むことが母親にも認められるのだろうか、という問いかけでした。
そしてヤーヤの愛情は、チュンホーの祖母のように年長者として見守る愛とも、母親のように苦しみを伴う強い結びつきとも違います。彼女はチュンホーと同じ目線で、友人になろうとしたのです。もちろん、その若々しい善意には未熟なところもありますが、私はヤーヤを通して、新しい世代ならではの人間関係を描きたいと思いました。
存在感増す中国の女性監督たち
――近年の中国では、女性監督による映画が興行的にも大きな成功を収めています。中国映画界における女性監督の立場は、どのように変化してきたとお考えですか?
ヤン監督 確かにここ数年、女性監督の作品が多くの観客の目に触れるようになり、興行面でも良い結果を残すようになってきました。女性の映画作家たちは、自分自身やより広い世界について語る機会を獲得しようと懸命です。こうしたチャンスの広がりや市場の反応は、私たちにとって大きな励みになっています。
ただ一方で、気になることもあります。女性監督が成功すると、その成果が単純に「女性の力」という言葉にまとめられてしまいがちです。反対に、うまくいかなかったときには、その失敗も必要以上に大きく取り上げられやすい。これは中国に限らず、さまざまな国や地域の女性クリエイターたちが、多かれ少なかれ直面している状況だと思います。
私は、性別だけで作り手を定義するべきではないと思っていますし、作品を評価する際の、あらかじめ用意された答えにしてはいけないと考えています。多くの観客が映画を評価するときに大切にするのは、結局、その作品が誠実で力を持っているかどうか、自分たちとリンクする部分があるかどうかではないでしょうか。
女性の映画作家として、私はもっと多様で豊かな創作環境が生まれることを願っています。自分自身としては、観客を感動させられる作品を作ることに集中したいと思っています。


