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慶応陸上部はなぜ強い? コーチ不在でも山縣亮太ら躍進の理由

どうしたら速く走れるのか……自分の頭で考え続ける

2018/10/13
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 実際に山縣は大学入学後、「武道の精神を取り入れたい」と月に1度、空手の道場に通うなど、他競技からも様々な要素を取り入れようと試行錯誤した。こうした独自の動きは、なかなか強豪チームではやりにくいことだろう。いまでも山縣は自身のトレーニング風景をマネージャーに撮影してもらい、その映像を何度も自ら確認して研鑚を積んでいる。そうして自身で考え続け、一歩ずつ進化を遂げることで、日本最強のスプリンターへとたどり着いた。

「今季、9秒台が出なかったのは残念ですけど、条件ばかりはどうしようもないですから。記録はいつか出ると思いますし、今季条件に恵まれなかった分、来年は爆発できると自分でも信じています」

中学までは野球をやっていた

 一方の小池は「もう卒業していますし、それぞれ個人でやっていることなので、大学がどうこう……というのは別にないですよ(笑)」と苦笑しつつもこう語る。

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「今年は各レースの1本、1本で100%の力を出し続けて、1ランクずつレベルを上げてこれたのが良かった部分だと思います」

今年7月、ロンドングランプリに出場した小池 ©EKIDEN NEWS

 中学まで野球をやっていた小池が本格的に陸上を始めたのは、立命館慶祥高(北海道)に進学してからだ。当時からコーチの指導は受けずに、独力でトレーニングを考えるスタンスだった。だが、同世代には現日本記録保持者の桐生祥秀(日本生命)がおり、大学進学後もなかなかスポットライトを浴びることはなかった。

「大学ではまずは知識と経験を取り入れたいと思って、色んな勉強をしました。でもそれが行きすぎて技術に走るというか、自分の感覚を信じられなくなっていたんです」

自分の判断で師事する相手を決めた

 そんな小池の転機は、大学3年の時に元走り幅跳び日本記録保持者の臼井淳一に出会ったことだ。慶応陸上部のアドバイザーという立場で時折練習に顔を出していた氏に、アドバイスを求めたことで劇的に走りが変化しはじめた。

「自分の走りに対してハッキリ意見を言ってくれる。そういうところが信頼できた」

 臼井の実績は「まったく知らなかった」そうだが、それでも小池は自分の判断で師事する相手を決めたという。これも決まった指導者のいる強豪校ではなかなかないケースだろう。