後続を引き離して圧勝した後でも、その表情に浮かんだのは苦笑いだった。
「いやー、残念です。風、強いっすね! スタートに立っているだけで向かい風を感じるようなコンディションでしたから……まぁしょうがないですね」
今季これまで絶好調のままに走り続けてきた
今月、福井県で行われた国体の陸上成年男子100m決勝レース。1万人近い観客で満席となったスタンドが期待していたのは、山縣亮太(セイコー)による日本記録の更新と9秒台への突入だった。山縣は今季、これまで3度の10秒0台を記録し、アジア大会でも銅メダルを獲得するなど、絶好調のままに走り続けてきた。国体が今シーズンの最終戦ということもあり、ファンのボルテージは最高潮に達していた。
記録を阻んだのは、台風接近にともなって発生した突風ともいえる向かい風。風速5mを越える最悪のコンディションでは、いくら好調の山縣といえど10秒58で走りきるのが精いっぱいだった。その一方で、これで山縣は今季日本人には負けなし。タイムはともかくとして、悪条件下でも関係なく、圧倒的な勝負強さを見せつける格好になった。
実はこの国体100mの決勝では、ある興味深い傾向が見て取れた。優勝した山縣に加えて、2位に入った小池祐貴(ANA)、7位に入った永田駿斗(4年)と慶応義塾大学陸上部関係者が軒並み好成績を残したのだ。小池は8月のアジア大会でも200mで金メダルを獲得しているし、永田も先月の日本インカレ100mで学生王者に輝いている。その調子そのままに国体決勝の舞台でも、それぞれ躍動することになった。
専門のコーチがおらず、スポーツ推薦もない
なぜ、この3人に目を引かれるのか。
それは慶応短距離陣が、その知名度とは裏腹に専門のコーチがおらず、スポーツ推薦もないという環境だからだ。そんな環境から、日本トップクラスのスプリンターの芽が、一気に萌芽してきているのである。
先駆者である山縣はこう言う。
「自分自身で判断して進んでいくことにはプライドを持っているし、それで結果が出始めたので、専門のコーチがいないことをマイナスには捉えなくなりました。早くなれる可能性があれば、いろんな分野からなんでも取り入れる。常にそういうことを考えているのは、変わっているといえば変わっているのかな、とは思いますけどね」