冒頭のように、女子からの人気も高かった硤合氏。当時、楽しんでいたのが“百人一首合コン”だ。

「何度かクラスメイトの女子の家に集まって、百人一首やトランプをしました。一方で、“シャイな硤合”と呼ばれた奥手でもあった。女子と話す時は、顔を赤くしていました」(同前)

満面の笑みで「絶対、ネイチャーに投稿しよう!」と大喜び

 東大理学部進学後、米国留学などを経て、東京理科大に講師として赴任。以来、40年以上にわたり同大で研究に没頭してきた。

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 ノーベル賞獲得の要因は、1995年に「ネイチャー」に発表した論文だ。その研究で助手を務めた前出の柴田氏が振り返る。

「理論段階で『こういう反応があるんだ』と自信をもって語っていた。普段は喜怒哀楽を表に出しませんが、硤合反応が確認できた時は、満面の笑みで『絶対、ネイチャーに投稿しよう!』と大喜び。掲載が決まった後は、行きつけのイタリアンに学生も連れて行ってくれてパーティーをしたのを覚えています」

 
1995年の「ネイチャー」論文(東京理科大のYouTubeより)

謙虚に人の話に耳を傾ける探求心…硤合氏の“聞く力”

 高校の同級生で三菱商事元副社長の中原秀人氏は、同窓会の場で硤合氏の“聞く力”に驚かされたという。

「時折、子供みたいな質問をするんです。『円安になったら経済はどうなる?』とか。専門分野以外は全然知らない(笑)。それほど他を犠牲にしないと、世界に冠たる研究はできないんだな、と。同時に、あれだけの研究者なのに、謙虚に人の話に耳を傾ける探求心に感銘を受けました」

 会見では「受賞しても文句は言われないだろうと思っていた」と語り、笑いを誘った硤合氏。持ち前の人間力で、ノーベル賞を掴んだのだった。

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