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事件を起こした「きっかけ」は…
阿部定の父親の稼業は畳職人。腕の良い職人で、常時5、6人の職人を雇い、商売は繁盛していたという。上げ膳下げ膳で女中に食事を運ばせ、小遣いも不自由なくもらい、物心つく頃には、近所の不良たちを集めて浅草に繰り出したという。
そうした阿部定の男関係にだらしない生活態度を見かねた父親によって、「そんなに男が好きなら芸妓にでもなれ」と芸者として横浜に売られてしまう。
その後、富山、長野県飯田、大阪飛田、兵庫県丹波篠山、神戸、名古屋と流れながら、15年にわたって体を売った。
彼女の転機となったのは1935年名古屋で学校の校長を務める人物との出会いだった。真っ当な道を歩むように言われ、のちに男性器を切断し殺害することになる石田吉蔵が経営する料亭で働くことになるのである。
