不倫相手の男性器を切り取り、世間を騒然とさせた阿部定。凄惨な事件を起こす前、彼女は長野・飯田や兵庫・丹波篠山など各地の色街を転々としていた。当時の彼女を知る人々が語る「粋な芸者」としての素顔、そして事件後に開いたバーで見せた「普通のお婆さん」の姿とは――。
ノンフィクション作家の八木澤高明氏の文庫新刊『殺め家』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目)
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「粋な人だった」
淫売の道を離れたことが事件を起こすきっかけとなってしまった。
事件を起こすまでに阿部定が歩いた道を辿って、私は旅をしてみることにした。長野県の飯田市、かつて阿部定が芸者として身を置いていた三河家は蕎麦屋になっているのだが、創業者の一族は変わらず、四代目となる店主の妻は先代の女将から聞いたエピソードを私に話してくれた。
「ずいぶんと粋な人だったと聞いてますよ。食事は賄いが出たんですけど、わざわざ外に洋食を食べに行ったり、ビリヤードをやってから、銭湯に行くのが日課だったようですね。
それと、とてもプライドが高かったようで、お客さんから誰でもいいからなんて言われたら、絶対に行かなかったようです。うちでは静香という源氏名だったので、静香さんという指名が無ければ、動かなかったって聞いています。それと気前の良い人で、着物の帯にお金を入れていて、たまにお小遣いなんて言ってお金をくれたり、時計ももらったみたいですよ。時計は取っておけばよかったんですけど、ないんですよ」
