太平洋戦争の終戦直後、群馬県のある静かな村で前代未聞の惨劇が起きた。17歳の少女が突如として姿を消し、発覚したのは義理の母による「人肉食」という衝撃の事実だった。

 いったい何があったのか? ノンフィクション作家の八木澤高明氏の文庫新刊『殺め家』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目)

事件となった一家の墓(写真:八木澤高明)

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「ちょうど山から下りてきたら、おトラさんの家のところで警察官が土をふるいにかけているのが見えたんだよ」

 太平洋戦争の終戦から2ヶ月ほどがすぎた1945年10月のこと、群馬県のとある村に暮らす、川島春治さんは山で薪拾いを終えて、家へと帰る道すがら、普段は見かけない光景を目にした。

 何人もの警察官がおトラさんという17歳の少女が暮らしていた家のまわりの土を掘り起こして、何かを探しているのだった。

「母親が娘を食べちゃった」

「事件なんて滅多に起こらない村だから何やってんのかなぁって思ったんだよ。そうしたら、しばらく経って、おトラさんのことを母親のお龍さんが食べちゃったって聞いて、驚いたんだ」

写真はイメージ ©アフロ

 義理の娘を殺し食べてしまうという事件を起こしたのは、この村に暮らしていた山野朝吉の再婚相手だった龍、32歳。彼女は22歳の時に最初の結婚をしていて、前夫との間に娘ができたが、夫との折り合いが悪く離婚。

 その娘を連れて20歳以上年が離れた朝吉と再婚したのだった。朝吉は、前妻との間に長女、次女のトラ、双子の4人の子供がいた。結婚後夫婦の間には2人の子供ができた。計7人の子供たちのうち、龍と血が繋がっていない子供たちはトラを除いて奉公に出されていた。

次の記事に続く 「サツマイモがご馳走の時代だったんだよ」17歳娘を肉鍋にしても「村八分にならなかった」32歳母親のその後(昭和20年の事件)