「挨拶もする、いい子やったよ」ーー近隣住民がそう語る当時16歳の少年は、なぜ母親を金属バットで撲殺したのか。
恨みでも金銭目的でもない、突如として彼を凶行へと走らせた「トリガー」とは何だったのか。のちに大阪で姉妹殺害事件を起こすことになる山地悠紀夫の生い立ちを、ノンフィクション作家の八木澤高明氏の文庫新刊『殺め家』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目)
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死刑囚が暮らしていた街
差別落書きはやめましょう。2009年の秋、JR大阪環状線芦原橋駅で電車を降りると、ホームや駅の構内にはそんな注意書きが目についた。駅の改札を出ると、片側2車線の広い幹線道路の両脇には、高層建築のビルが目につき、乾いた景色が広がっていた。駅前からほど近いマンションで山地悠紀夫はゴト師の仲間たちと暮らしていた。
ビルとビルの間に挟まれた一軒の自動車工場で、油まみれの手をした男性に、若い男に姉妹が殺害されたマンションはどこかと聞くと、「おーっ、あのマンションか」
とすぐに場所を教えてくれた。
「それにしても、今頃どうしたん?」
男性は薄れかけた記憶を呼び戻されたようで、事件からしばらく経ったにもかかわらず、何をしに来たのかと尋ねてきた。ニュースバリューのある“旬〞の事件を追いかけ続けているわけでもないので、現場を尋ねる度に、いつも投げかけられる質問ではある。
