2006年4月、秋田県の河川で発見された9歳少女の遺体。警察が「事故死」として処理を進めようとするなか、自らビラを配りマスコミへ捜査の継続を訴え続けたのは、少女の母親である畠山鈴香だった。自らの手で愛娘を殺めながら、なぜ彼女は逮捕されるリスクを冒してまで「悲劇のヒロイン」を演じ続けたのか――。
ノンフィクション作家の八木澤高明氏の文庫新刊『殺め家』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目)
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「なんでぇ、あんなことになっちまったんだろうねぇ、いまだに疑問なのよ。面会に行ったら、どうしたんだって、聞いてみたいんだよね」
畠山鈴香(当時33歳)が暮らしていた県営住宅から程近い場所に住む主婦は鈴香が彩香ちゃんと豪憲君をなぜ殺めたのか未だに解せないのだという。
彼女は鈴香だけでなく亡くなった彩香ちゃんとも面識があった。
ちなみに最近、面会に行った彼女の知人によれば、鈴香は事件前に比べてかなりやつれてしまったという。
川で発見された9歳少女の遺体
畠山鈴香の一人娘彩香(9歳)ちゃんが、秋田県能代市二ツ井地区を流れる藤琴川の中州で死体となって発見されたのは2006年4月のこと。前日に鈴香から娘がいなくなったと警察に通報があり、警察や消防団が中心となった捜索の結果、彩香ちゃんが発見されたのだった。
そこから鈴香の不可解な行動が始まる。警察は川遊びをしているうちに川に流された事故死としたのだが、鈴香は事故死とは思えないと、ビラを配ったり、マスコミに訴えるなどして、一部マスコミから悲劇のヒロインとして注目されるに至った。
彩香ちゃんの死から1ヶ月ほどして、同じ県営住宅に住む米山豪憲君(7歳)が行方不明となり、能代市内を流れる米代川で遺体となって発見された。
豪憲君の事件発生により警察は、鈴香に疑いの目を向ける。そして鈴香は事件発生から1ヶ月後、豪憲君の死体を遺棄した疑いで、逮捕される。
その後、彩香ちゃんの殺害に関しても容疑を認めた。それにしても、彩香ちゃんの殺害に関しては、警察は当初事故死として事件性を認めていなかった。しかし彼女は自分で殺害したにも拘わらず、警察だけでなくマスコミにも、真相が知りたいと、執拗に訴え続けた。

