松本清張の名短編へのオマージュ

 続いて阿津川辰海「地方紙を買う息子」。中学生の息子から、地方新聞のバックナンバーを買ってほしいと頼まれた父親。息子が語る理由には、どうにも引っかかるところがある。そして父親の頭に浮かぶのが、松本清張の短編「地方紙を買う女」だ。恥ずかしながら、私はこの作品を知らなかった。本書をきっかけに読んでみると、同じ「地方紙を買う」という行為から、こんなにも違う物語が生まれるのかと面白くなった。先行作を知っていれば楽しみが増し、知らなければ私のように新たな一冊へ導かれる。ありふれた行動から謎を生むオマージュ元たる松本清張の発想にも唸らされた。読書が次の読書を呼ぶ喜びまで味わわせてくれる、意欲的な一編だ。

紙上健吾さん

 そして、強く印象に残ったのが森バジル「これ、告げ口じゃないですから」だ。恋人が突然姿を消した男性とその後輩が、車で恋人の実家へ向かう。ほうじ茶ラテやお好み焼きの話に始まる二人のやりとりは、脱線ばかりしているようで軽快だ。くだらない冗談に笑ってしまうが、読み進めるにつれ、何げなく交わされた言葉が別の意味を帯び始める。会話だけで人物の性格や関係性を描き、読者の注意を巧みに誘導する構成が鮮やかだ。会話が楽しいからこそ、その先の展開が強烈に効いてくる。『探偵小石は恋しない』にも通じる、森バジル作品らしさが凝縮された一編だった。

 優れた短編には、限られた紙幅だからこそ成立する驚きと、読者の想像に委ねられた余白がある。本書の20編は、そのことを異なる角度から証明してみせる。私自身、主にショート動画で本の魅力を発信しているが、限られた時間で何を伝え、何を削るかにはいつも頭を悩ませている。小説と動画では表現の形が違う。それでも、短いからこそ求められる技術があることは身に染みてわかっているつもりだ。そうした経験があるから、わずかな枚数で読者を楽しませる作家たちの技量に唸らされた。短いからこそ難しい。あの編集者の言葉が、読後いっそう深く胸に響いた。

紙上健吾(かみじょう・けんご)

1998年生まれ、福岡県出身。大学進学を機に関東へ移り、現在は東京在住。

「けんご📚小説紹介」として、SNSで小説の紹介動画を投稿する動画クリエイター。短尺で的確に小説の魅力を伝える動画が話題を呼び、幅広い年齢層から支持を集めている。紹介後に重版がかかる書籍も多数。SNSの総フォロワー数は130万人以上。著書に『けんごの小説紹介 読書の沼に引きずり込む88冊』がある。

超驚愕! 超短編ミステリー 神々の挑戦状 (文春文庫)

伊坂 幸太郎 ,原田 ひ香 ,中山 七里 ,今村 昌弘 ,芦沢 央 ,夕木 春央 ,結城 真一郎 ,麻耶 雄嵩 ,文春文庫編集部

文藝春秋

2026年11月5日 発売

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