2025年6月、第32回松本清張賞の贈呈式が執り行われました。松本清張賞は「広義のエンタテインメント小説」を募集する新人賞で、第32回は住田祐さんの『白鷺立つ』という歴史小説に授賞が決まりました。

 第30回受賞者の森バジルさん、第31回受賞者の井上先斗さんはそれぞれ、受賞一年以内にデビュー2作目を発表。井上先斗さんの第2長篇『バッドフレンド・ライク・ミー』は6月20日に発売されたばかりです。

「絶対に一作で終わりたくなかった」と口を揃えるお二人が、デビュー2作目に挑戦した日々を振り返る対談をお届けします。

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応募のきっかけは選評

  僕は2023年に『ノウイットオール あなただけが知っている』で松本清張賞を受賞しデビューしました。そこから一年間だけは最若手でいられましたが、いざ次の受賞者を迎えると、怖い思いをするものだと、井上さんの登場で身をもって知りました(笑)。井上さんのデビュー作『イッツ・ダ・ボム』は、選考委員から「抑制のきいた文章」「ドライな文体」と評されていた通り、すべての文章で最適解が出されているような、研ぎ澄まされた小説ですよね。一方で、グラフィティライターが対決する終盤には少年漫画的な熱さがあり、おしゃれでありながらも、ぐっとくる作品でした。

森バジルさん

 井上 ありがとうございます。実は、僕が松本清張賞に応募しようと思ったのは森さんのおかげ……というのは各所で言っているのですが、今日はもう少し詳しく話させてください。のちに受賞作となる原稿の第一部を書き終えたくらいの頃、発売されたばかりの森さんのデビュー作を読んだんです。表紙に探偵が描いてあるので、ミステリ好きとしてチェックを入れておこうという気持ちだったのですが、読み始めてみるとミステリに限らないというのがミソで。5つのジャンルを横断するという構造が本当に面白かった。その後、自分が応募を迷っている時期に選評を確認したのですが「幾多のプロットが連なる中に、手持ちの札で何とか役を作ろうとあがき、小説というものに必死で手を伸ばす作者の姿を見た気がした」と米澤穂信さんがその趣向を評していましたよね。

  その言葉は帯文にも使わせていただきました。

 井上 応募作に向けられた眼差しから、松本清張賞って「いい小説」を見てくれる賞なんだ、と感じたんです。良いもの、悪いもの、どちらになるかは分からないけど僕の書いた原稿を正しく評価してくれるのはこの賞かもしれない、と応募を決意しました。米澤さんは、僕が受賞した際にも、贈呈式で「小説にとって最も良い形を選び、形に合わないものを切ることができたというのは、著者の優れた資質を示している」と講評してくださいました。米澤さんは今回で選考委員を退任されますが、この時の音声は、僕は、この先も何度も聞き返して励みにしていくと思います。

  候補作から選評、そして次の応募作へバトンが繋がっていくようで、何だかうれしいです。とはいえ、自分が最終候補に残った時の選評を読むのはやっぱり怖いですよね。特に、井上さんが受賞した回は、次点の城戸川りょうさんと接戦だった様子が伝わってきました。

 井上 競り勝ったのは僕ということで本当にいいのか、受賞してもなお不安になるところがありました(笑)。