僕は「アラジン」を映画でも見たことがなく、つまり前情報が全くない状態で読んだのですが、本当に楽しかったです。デビュー作から変わらぬ洒脱な雰囲気と、怪しい計画との関係性に手に汗を握りました。文章も本当にお上手で、僕は東京の地理に疎いのですが、「橋を一本越えると全然違う雰囲気になるんだ」といった土地の感覚が、街中を駆け回る登場人物の姿からよく伝わってきました。細部もすごくて、主人公がUber Eatsの配達先で〈フードデリバリーの配達員さんは階段でお願いします〉というチラシが貼られていないか、マンションの入口で確認するというディテールなど、一体どうやって取材したんだろうと思う箇所がいくつもありました。

 井上 ありがとうございます。Uber配達員やホストの細かな特徴は、彼らがYouTubeやTikTokへ投稿する動画を漁って勉強しました。実は、動画のメイン部分よりも、出演者が垣間見せる隙のような箇所が参考になるんですよね。例えば「あのブランドの服はガチだけど、アクセサリーはダサい」といった話ですね。動画の中で「そのリングはヤバいって」とさらっといじられていたりするんです。

井上先斗さん

  僕は3作目で初めてのウェブ連載に挑んだのですが、本当に大変でした。途中でよいアイデアを思いついても、それを書くならもっと前に提示しておかないといけないことがあったり、「どうにかなる、後で思いつけばいい」と思っていたものが最後まで思いつかなかったり……。ようやく連載を終えても、本にするために改稿する1年になりました。幸い、3作目『探偵小石は恋しない』が9月に出ることが決まったのですが、だからといって自分の中で何かが変わるわけでもなく、今後も書き続けられるように頑張りたいと思っています。最近よく、テレビのトーク番組などで芸人さんが「礼儀正しくない人は結局生き残ってない」と言っていて、僕も当たり前のことを当たり前にできるように、ちゃんと作家業に取り組みたいと、なぜか深く胸に刺さりました(笑)。もちろん、礼儀正しいだけで生き残れるわけではないですが……。

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書き続けるにはどうすれば?

 井上 僕は、書き続けられるほどの引き出しが自分にあるのか、という怖さがあります。抱えた締切をどうにか乗り越えるという修業を重ねるしかありませんね。今はフルタイムで働きつつ、家に帰ったら読書か執筆かの2択ですが、森さんはお子さんもいらして、かなりお忙しい状況ですよね。

  確かに時間の確保は難しいです。デビューした年に長女が、昨年次女が生まれまして、働きつつ、子育てをしながらになるので、基本的に子供が寝た後に執筆しています。土日も子供の昼寝時間を作業時間にあてていますが、娘たちが昼寝をするのか、どれくらい寝るのかは、事前には分かりません。執筆は「30分で700文字書く」とルーティンを決めていて、それを何セット繰り返せるかという形で管理していますが、正直、執筆スケジュールは確立できていないです。

 井上 森さんは本に限らない色んなメディアからの大量のインプットを作品に反映するスタイルなんだと勝手に思っています。作中の会話がすごく魅力的なのは、お好きだという漫才の掛け合いが根底にあるからですよね。インプットをする時間はどう確保されていますか?