「恋を語り合っても好い若い男と女の散歩の途中で、この女は葱を買った、東光はそう思ったのかも知れない。」(宇野千代『生きて行く私』)
芥川からのラブレターの真相
散歩中の買い物だけでなく、髪結いの二階という住まいも、小説と重なる。後に『葱』を知った千代は、東光がこの話を芥川に伝えたのではないかと考えた。ただし、自伝では「たぶん」「と思われた」、「らしい」という語り方だ。回想の葱は2銭、小説では4銭。似たところはある、あり過ぎるが、千代がモデルだったと断定はできない。
では、冒頭の恋文の話に、千代はどう答えたのか。
考えてみれば半世紀以上も前の話だ。はっきり覚えていなかった。拙い小説を見てもらいに持って行ったことなら、あるかもしれない。心当たりがあるとすれば、その返事だった。
「その返事の手紙、ほんとうに来たのかしら」
葱の思い出を語ったあとにも、こう続けている。
「手紙のやりとりがあったとしたら、それもその頃のことでしょうか」
原稿を持って行ったかもしれないことと散歩の途中で葱を買ったことを思い浮かべながら、千代は芥川との記憶を探った。男前への憧れは隠さないが、覚えていない恋文まで美談には安易にしないところに、千代の語りを信じてみたくなる理由がある。
【参考文献】
宇野千代『生きて行く私』(角川文庫、1996年)
宇野千代『宇野千代 ちょっと自伝』(マガジンハウス、2026年)
刑部芳則『宇野千代 昭和モダニズムの伝道者』(NHK出版新書、2026年)
ライター
1980年東京都生まれ。2005年、横浜国立大学大学院博士前期課程修了。専門紙記者を経て、22年に独立。おもな著書に『人生で大切なことは泥酔に学んだ』(左右社)がある。