「あなたのことは私が命を懸けて守ります、だから安心してください」

 その様子をモニターで見ていた女性が「キモ」とつぶやく。

 わざわざこの一言を置く演出は気になった。チョッキーは、いわゆる「オネエ」的な話し方であり、劉は妙にねちねちした話し方で「キモ」と言われる。二つの場面を並べると、男性同士の親密さを笑いや気味悪さにつなげる、昔のテレビのような感覚を思い出した。今もこれをやるのか、と呆れてしまった。

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撮影現場でのパワハラ問題が発覚

 さて、ここでもう一つの考察をしたい。

 ご存じの方も多いニュースだろうが、『VIVANT』の原作・演出・プロデュースを担う福澤克雄氏には、今年、撮影現場でのパワハラ問題が発覚した。

 週刊文春は、福澤氏が助監督を押して脚立から転落させ、骨折などのけがを負わせたという関係者の証言を報じた。TBSも福澤氏にパワハラに該当する言動があったことを認め、9月30日には社長が謝罪している。文春の記事では、現場スタッフが福澤氏を、TBSにとって超法規的措置が許される「別班」そのものだと評していた。

 なんという皮肉だろう。

 ここまで並べると、『VIVANT』に漂う「古さ」の正体が見えてこないだろうか。

 壮大なスケールのアクションには目を見張るものがある。音響効果にはこだわりを感じる。なのに、根底では昔ながらの価値観が思い切り爆発しているように感じる。

 パワハラが認定された名物監督が今もイケイケの作品を作り、その作品では同性愛者の描き方が昔のまま。なんなら笑いの対象にしているようにも見える。そこに見えるのは、昭和から続く価値観を今も体現する権力おじさんである。しかし興行師でもある彼は、「日本イエーイ!」といった世の中の欲望をつかまえるのが相変わらずうまいのだ。

 誰が裏切るのか、黒幕は誰なのか。それだけが『VIVANT』の考察ではない。誰が作っているのか。その人物に対して周囲は何も言えないのか。「別班」がいるならドラマの外にある権力構造こそ監視したほうが良いのではないか。もちろん、作品は監督一人で作るものではない。だからこそ気になるのである。これもまた、『VIVANT』の「考察」ではないだろうか。

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