コスプレイヤー千歳ちゆさん(27)は、幼少期のケガがきっかけで顔の左右のバランスが崩れ、長年にわたり容姿への葛藤を抱えてきた。原因として考えられるのは、5歳の時に母親が投げたおもちゃが顔にあたり、血が出るほどの深い傷を負ったことだが、千歳さんはそれを母本人に言えなかった。母親に恐怖を感じていたからだ。

 ライターの徳重龍徳氏によるインタビューで母との関係や「大人になって分籍を選んだ理由」について詳しく伺った。

千歳ちゆさん ©深野未季/文藝春秋

服の選択すら決められない…「母の許可」に縛られ続けた母娘関係

 3歳で両親が離婚し、母子家庭で育った千歳さん。3歳から5歳頃にかけてはお風呂への閉じ込めや締め出し、拳での暴力などが日常化していた。大きなケガを負ったのもこの時だ。ケガをした後ははっきりとした身体的な暴力はなくなったが、家事をしてくれなくなったり、言葉で千歳さんを傷つけるような虐待はなくならなかった。

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「私はしつけの一環だったと思っています。母から『わがまますぎる』とよく言われていたので。ただ、今思い返しても、何がわがままだったのか分からないんです。例えば私はプリキュアなどのアニメを見たかったんですけど、アニメを見たいと言うことも、母にとってはわがままだったんだろうなと思います」

 成長しても精神的な支配は続いた。千歳さんは洋服を2着から選ぶといった日常の些細なことすら「母の許可」がないと選べなくなってしまっていた。20歳で実家を出た後も、精神的なつながりを完全に絶つことはできなかった。

「物理的な距離はできましたけど、連絡は取っていました。母との関係を切ろうと思っても、なかなか切れなくて。何年もかかってしまいました」

©深野未季/文藝春秋

妹の事故での暴言、冷たすぎる対応…ついに訪れた決断の瞬間

 長年続いていた関係が決定的に破綻したきっかけは、2023年に起きた妹の交通事故だった。仕事の都合で偶然にも保険証がない時期だったことから、母親が負傷した妹に対して精神的な虐待とも言える暴言を吐き続けたのだ。見かねた千歳さんは妹を一人暮らしの自宅に呼び寄せ、2人で暮らし始めた。

 大叔母の葬儀の際、母が親族に対して「それはないんじゃないか」という言動をしたことで口論になったこともあった。またある時、コスプレイベント参加中に「母が救急車で運ばれた」と連絡が入った。千歳さんは友人に頼んで車に乗せてもらい深夜1時に地元へ駆けつけたが、ベッドの上の母親から掛けられたのは感謝や謝罪ではなく、冷淡な一言だった。

「母からは『ありがとう』も『ごめん』もなく、言われたのは「お前、蒲郡にいたんじゃないのか」の一言だけでした。葬儀のこともあって、『もう付き合いきれないかもしれない』と思いました。それで2023年の夏頃、絶縁すると宣言するわけでもなく、そのまま連絡を取らなくなったんです」

©深野未季/文藝春秋

 そして2024年、引っ越しに伴う行政手続きの場で、彼女はついに戸籍を分ける「分籍」という選択に踏み切る。

 なぜ彼女は、長年苦しめられた母親との縁を戸籍上でも切り離す決断をしたのか。そして「分籍」を経た今なお抱える「親不孝者ではないか」という複雑な葛藤と、ようやく手に入れた“本当の自由”とは――。

「分籍を決意した理由」と母娘の決別の全貌は、インタビュー本編でお読みいただけます。

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