仕事をしながら、コスプレイヤーとして活動する千歳ちゆさんは、幼い頃から時に暴力も振るわれた母親との関係に長年悩んできた。20歳で愛知の実家を出たものの、母親との関係をすぐに断ち切ることはできなかった。

 妹が交通事故に巻き込まれたことをきっかけに起きた母親との衝突などを経て、2024年には戸籍を分ける「分籍」を選んだ。距離を置くまでの経緯と、それでも憎みきれない母への複雑な感情を聞いた。(全4回の3回目/最初から読む)

千歳ちゆさん ©深野未季/文藝春秋

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「あっ、自分一人じゃないんだ」

――高校に入り直したあと、生活は変わりましたか。

千歳ちゆさん(以下、千歳) 新しく入った高校では3年間生徒会として活動して、最後の1年は生徒会長もやっていました。その時の経験は、今の私が表舞台に立っていることに大きく影響しています。

 その高校には、いろんな事情を抱えた人たちがいたんです。不登校を経験した人もいたし、家庭の事情がある人もいた。そこで初めて「あっ、自分一人じゃないんだ」と思いました。

――その頃には、自分の家庭が普通とは違うと感じていたのでしょうか。

千歳 昔から何となく違和感はあったんです。でも「やっぱり、うちって変なのかな」「自分が感じていた違和感は本当だったのかな」と思い始めたのは、その後成人して専門学校に進学してからですね。

高校で生徒会長をやっていた頃、術後2,3年経っている

ネイリストを目指し東京の美容専門学校へ進学

――20歳でようやく実家を離れるんですよね。別々に暮らしているお父さんには、実家を出たいと伝えていたんですか。

千歳 進学を考えたとき、初めて家で起きていたことや顔の手術のことを伝えて、「どうしても実家を出たい」と話しました。

 入り直した高校を卒業して、東京の美容専門学校へ進学し、学生寮に入りました。ネイリストを目指していたんです。

©深野未季/文藝春秋

――なぜ美容の道に進んだのでしょう。

千歳 顔の手術を受けたあと、今度は手術の影響で鼻が広がったことがコンプレックスになったんです。それでメイクで少しでも自分に自信をつけたかったことに加えて、私と同じようにコンプレックスを抱える人に、メイクやネイルなどのトータルビューティーを届けたいと思ったのが理由です。

 ただ専門学校は卒業しましたけど、最終的にメイクの仕事には就きませんでした。東京で2年間過ごしたあと、名古屋に戻って別の仕事をしながら3年間、一人暮らしをしていました。