上京後に父親と再び交流するように
――上京した時点では、お母さんと完全に離れたわけではなかったんですね。
千歳 はい。物理的な距離はできましたけど、連絡は取っていました。切ろうと思っても、なかなか切れなくて。
――その一方で、お父さんとは再び交流するようになったそうですね。
千歳 20歳で進学した頃から、また交流するようになりました。父は愛知に住んでいるんですけど、仕事の出張で東京に来るときに会うようになったんです。そのあと私が名古屋に戻って3年間暮らしていたときは、結構頻繁に会えていました。もう一度関東へ引っ越してからは、また父が出張で来るタイミングで会う感じですね。
妹の交通事故を機に実家を出て妹で二人暮らしを開始
――お母さんとの関係が決定的に変わったのは何がきっかけでしたか。
千歳 2023年、まだ実家で暮らしていた妹が交通事故に巻き込まれたんです。母の仕事が変わるタイミングで保険証がない時期だったようで、病院にかかることをめぐって母の機嫌を損ねてしまって。そのことで妹に対して精神的な虐待のようなことが起こったんです。
その時に、祖母と父と私で、妹に「もう実家を出なさい」と話しました。それで2023年に、私と妹で二人暮らしを始めたんです。
――妹さんにとっても、実家を出る大きなきっかけになった。
千歳 そうですね。私自身、ずっと実家を出たいと思っていた人間なので、妹も、もう離れた方がいいと思ったんです。
「もう付き合いきれないかもしれない」
――ただ、それ以降もお母さんと衝突があったそうですね。
千歳 大叔母、つまり祖母の妹が亡くなって、親族で葬儀に集まったときです。祖母や叔母、妹もいたんですが、母の親族に対する言動が「それはないんじゃないか」と思うもので、私と母が口論になりました。
それからある時、母が救急車で運ばれたことがあったんです。そのとき私はコスプレイヤーとして活動していて、愛知県蒲郡市の「ラグコス」というコスプレイベントに参加していました。
深夜1時頃だったんですけど、母が救急車で運ばれたと聞いて、一緒にいたカメラマンさんが車を出してくれたんです。それで急いで地元まで戻りました。でも、駆けつけたものの、母からは「ありがとう」も「ごめん」もなく、言われたのは「お前、蒲郡にいたんじゃないのか」の一言だけでした。
葬儀のことも、救急車で運ばれたときのこともあって、「もう付き合いきれないかもしれない」と思いました。それで2023年の夏頃、絶縁すると宣言するわけでもなく、そのまま連絡を取らなくなったんです。

