『銃ノ島』(アミタヴ・ゴーシュ 著/岩堀兼一郎 訳)

 環境問題をテーマとした文学作品には、世界的な名著が数多くある。農薬が環境や人体へ与える悪影響を訴えたレイチェル・カーソン『沈黙の春』や、凄絶な水俣病の実態を描いた石牟礼道子『苦界浄土』はよく知られる。近年は、国連の架空組織を舞台にしたキム・スタンリー・ロビンスン『未来省』といったSF作品にも、注目が集まっている。今年9月に日本で刊行されたアミタヴ・ゴーシュ『銃ノ島』は、そんな先行作品群と肩を並べる傑作小説である。

 主人公は、ニューヨークで稀覯本や骨董品のディーラーとして生計を立てるディーン。カルカッタ出身の彼は故郷に滞在中、親類から、銃商人(ボンドゥキ・ショダゴル)に関する奇妙な伝説を聞かされる。いわく、その伝説はシュンドルボンという沼地にある寺院と深い関係があるらしく、それについて環境団体創設者のニリマが話したがっているという。ディーンは不審に思いつつ、ニリマの窓口を務める海洋生物学者・ピヤに連絡を取る――。

 ここまでが物語の冒頭約10ページだが、すでに謎と冒険の気配が濃密に漂っている。そして、本書はその期待を裏切らない。300ページ以上にわたって、インド、アメリカ、イタリアを股にかける旅へと読者を導き、最終盤には圧倒的なスペクタクルを披露してくれる。冒険の鍵を握るのは、銃商人にまつわる伝承。類型的なベンガル民話と思われた伝承の実相が明らかになっていく様は、知的興奮に満ちている。ディーンはピヤやニリマのほか、高名な歴史学者・チンタ、沼地で出会ったティプ、ラフィといった少年たちと関係するなかで、伝承の裏側に潜んだ事実を推理していく。

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 この物語には、いくつもの環境問題が織り込まれている。サイクロンによる甚大な被害、海洋のデッドゾーン、広大な山火事、イラワディ・イルカの座礁、などなど。描かれるのはリアルな問題ばかりだ。冒険譚には「絶体絶命のピンチ」が欠かせないが、現代の地球環境こそが、八方ふさがりの窮地に追い込まれていることを痛感する。

 著者はインド現代文学を代表する作家であり、思想家としても注目を浴びている。彼が小説を書く真意は、本作中のチンタの言葉に凝縮されているように思えた。

〈物語だけが、見えないもの、言葉で表現できないもの、言葉を持たぬものの声を届けてくれる。物語をとおして、過去の手が私たちに届く〉

 昨今の環境問題は多くのファクターが絡み合い、地球規模で複雑化している。多様な背景をもった我々が、手を取り合って問題に対処することは容易ではない。だが物語は、あらゆる背景を超えて他者に届く可能性を秘めている。著者は小説を書くことでこの惑星の美しさと、人類の責務を伝えようとしたのではないか。

 ぜひ、「言葉を持たぬものの声」に耳を傾けてほしい。

Amitav Ghosh/1956年インド生まれ、米ブルックリン在住。社会人類学の博士号を持つインド系英語作家としてグローバルヒストリー、気候変動などをテーマに作品を発表。ノーベル文学賞の有力候補。本作はシュンドルボン3部作の2作目にあたる。

いわいけいや/1987年生まれ、大阪府出身。小説家。著書に『完全なる白銀』『われは熊楠』など多数。近著は『風車と巨人』。

銃ノ島

アミタヴ・ゴーシュ ,岩堀 兼一郎

KADOKAWA

2026年9月30日 発売