『オーバーストーリー』(リチャード・パワーズ 著/木原善彦 訳 )

 グレタ・トゥーンベリさんをはじめ、世界中の若者が環境保護を訴え、地球の温暖化を止めようとしている。一方、大国アメリカはパリ協定に背を向け、日本の環境大臣は「ポエム」を吟じるばかりで具体的な方針が見えてこない。

 と、地球環境問題が激しく錯綜する昨今、このアメリカ文学の大著をお読みいただきたい。森林伐採を題材として、人類のありかたや、自然との共存の道を問う、壮大にして――説教臭い小説は読みたくないと、いま思ったあなた! ちょっと待って――めちゃくちゃ面白い一冊である。

 題名の“ストーリー”は「階層」と「物語」の意味を掛けているようだ。いくつもの話が「同心円状」に重ね書きされていく。

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 大まかな構造を書いておくと、全体は四つのセクションに分かれる。「根」「幹」「樹冠」「種子」。「根」には、序文と八人の物語が収められている。

 主要登場人物は四人。ベトナム戦争で空軍機から墜落したが、聖木であるベンガルボダイジュに救われた搭載管理官パヴリチェク。幼い頃から森の世界を愛し、のちに樹木間のコミュニケーションを発見する科学者パトリシア。彼女は聴覚と発話に不自由さを抱えている。それから、一九八〇年代の末、風呂上がりに感電死したものの、その後生き返った遊び人女子大生オリヴィア。彼女は「四十億年の生命の歴史が生み出した最も驚くべき生物が助けを必要としている」という啓示を「光の精霊」から受ける。最後に、栗の木の写真の千枚にものぼるコレクションを相続する美術家の卵ニコラス。これは彼のホーエル家が四世代にもわたって、同じ栗の木を延々と撮り続けたものだ。

 時代と場所は、南北戦争前のブルックリンから、二十世紀末に森林戦争(材木会社の伐採を止めようとした環境保護活動)が起きたアメリカ北西部の太平洋岸へと移り変わる。

 木の声に召喚された人々の目的は、国家と巨大企業をむこうに回し、全米で「東海岸と西海岸にそれぞれ五十マイル四方」しか残っていないという原生林を守ること。警察との衝突など熾烈な戦いが展開し、結社的な儀式が行われ……。

 幼いパティー(パトリシア)の「ドングリ的精霊崇拝(アニミズム)」は、長じて植物学へと昇華し、「世界苗床生殖質貯蔵室(GSGV)」を設立するに至る。彼女が書いて大ヒットさせた『森の秘密』という著書から、象徴的な箇所を引用しよう。

「裏庭にある木とあなたは共通の祖先を持っている。十五億年前、あなた方は袂を分かった。しかし、別々の方向へはるばる旅してきた今でも、木とあなたは遺伝子の四分の一を共有している」

 ラディカルな環境保護運動の行方にはなにが待ち受けているか。作者の筆はシニカルだが、どちらかの側を断罪するものではない。森の声を聞いてください。

Richard Powers/1957年アメリカ生まれ。イリノイ大学で物理学を専攻後、文学に転向。『エコー・メイカー』(2006)で全米図書賞受賞。本作でピュリッツァー賞受賞。著書に『舞踏会へ向かう三人の農夫』『幸福の遺伝子』等。

こうのすゆきこ/1963年、東京都生まれ。翻訳家、文芸評論家。訳書にアトウッド『昏き目の暗殺者』、ブロンテ『嵐が丘』など。

オーバーストーリー

リチャード パワーズ,木原 善彦(翻訳)

新潮社

2019年10月30日 発売