11月4日、「哲代おばあちゃん」と親しまれてきた石井哲代さん(106)が死去した。石井さんは、100歳を過ぎても生き生きとした一人暮らしを続ける姿が書籍や映画で伝えられると、たちまち人気が爆発した。『文藝春秋』2023年6月号では、石井さんとその教え子だった小川長さん(尾道市立大学経済情報学部教授)の対談を掲載。一部を抜粋して紹介します。

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 小川 先生はいつも活発で明るくてね。そういえば、さっき楽屋で「ここでちょっと待っておいてください」と言ったら、その空き時間に勉強されていましたよね。

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 石井 (バッグから「ポケットモンスター自由帳」を出して見せて)分数の計算をやっとりました。

106歳で死去した石井哲代さん

 小川 わ、すごいなあ、先生。

 石井 いつまでたっても勉強です。なんちゃって(笑)。

 小川 僕も人に教えたいと思って大学の教員になったわけじゃなくて、学者になって自分がいろんなことを知りたいと思ったからなったんです。これも先生の影響かもしれませんけど、勉強するというのは、何歳になっても面白いものですね。

 石井 そうですね。

哲代? 鉄代?

 小川 先生の本に「私の旧姓は小川といいます」と書いてあって、びっくりしたんです。僕とルーツが一緒じゃないんですかね(笑)。僕が生徒のときには、旧姓が同じなんて一言もおっしゃらなかったけど。

 石井 もうはるかに昔のことでございますから。

 小川 またご縁があるなと思ったんですが。「哲代」という名前はお父さんが付けてくださったそうで。

 石井 鋼鉄の「鉄代」と漢字を間違われることがあるんです。いかにも強そうな名前でしょう。こんなにしおらしいのに(笑)。

 小川 本当ですね(笑)。僕もオサムという名前の漢字が「長」という字で、子どもながらに嫌でした。でも、僕は中3で引っ越して以来、40年近く経ってから故郷に帰ってきたにもかかわらず、大学の仕事のことで新聞に名前が載り始めると、珍しい名前なので、同級生が「小川長? えっ、あのチョウさんか!」って見つけてくれまして。

 こうして長年連絡を取り合っていなかった先生や同級生とまた会えるなんて、夢みたいです。人生何が起こるかわからないですね。

 石井 物事は表裏一体。嫌なことの裏には、ええことがある。嫌だった名前のおかげで、またこうして会えました。