辛いときに「効く」曲ってありますか?
——音楽は純粋に感情に訴えかける芸術でもあると思います。そこでお二人にお聞きしたいのですが、気分のあがる曲、辛いときに「効く」曲ってありますか?
和樹 そうだなあ、僕は疲れているから「あの曲」が聴きたいっていうことはないんですよね。6時間にわたるオペラを弾いて家に帰ってきて、もうぐったりしているはずなのに、ベートーヴェンの大フーガをかけて、一人で自分の頭の中をパズルにしちゃっていることもあるし。
直樹 わざわざ、頭を休ませないような曲をかけるんだ。
和樹 昼間、元気がみなぎっている時にブルックナーのゆっくりした楽章をかけるとかね。あと、朝からリヒャルト・シュトラウスの『影のない女』が無性に聴きたくなったり(笑)。
——世紀末の「夜の世界」を舞台にしたオペラを、わざわざ朝から(笑)。
和樹 そうです。なんで朝からお前、それ聴いてるの? って世界ですよね。でも、それが僕の音楽の聴き方なんですよ。ちょっと変わってるかもしれないけど。
直樹 私は割と心境に合わせた曲を探しているかもしれないですね。辛いときにはマーラーが効く。マーラーの作品、特にシンフォニーには本当にもう、叫ぶくらいに悲しく辛い世界から、ふわっと大自然が広がるような世界への展開がありますよね。その極端な感情の動きに救われることがあります。だから辛いときにはマーラーをドーンと聴く(笑)。
和樹 そうなんだ。お互いこういう話をするのは初めてだから面白いね。
「冬の季節」を乗り越えるために舞踏会の曲は作られた
直樹 元気をもらうという意味では、歴代のウィーン・フィルの「ニューイヤーコンサート」の録音もいいと思う。あのコンサートはポルカやワルツがプログラムの主体になっているんですけど、それはウィーンが舞踏会の街であることにもつながっています。舞踏会の季節は日没が早くなる11月から2月にかけてなんですが、その暗い時期、死と連関する冬の季節を乗り越えるために、あえて明るいイベントが昔から多く開催され、明るい舞踏会曲が作曲されてきました。だから、自然と元気が出ますよね。
和樹 へー。ほんと、兄弟で趣味が違うなあ(笑)。
直樹 心がアンバランスな時は、元気いっぱいなワルツとか救いになるけどね。
和樹 僕は不安定なときにはベートーヴェン聴いちゃうね。辛いときにはマーラーじゃなくて、ブルックナー。(交響曲)7番とか9番は特にいいと思う。
直樹 そうなんだ。私はやっぱりマーラーだけどな。マーラーが自分で(交響曲)5番の第1楽章をピアノで演奏している録音があるんですけど、聴いたことあります?
——いえ、ないです。聴いてみたいです、それは。
直樹 いやもう、ピアノを超えて音楽そのものが、ガーッとくるような演奏ですよ。あれはすごい。
和樹 ブラームスの交響曲は幸せなときに聴いてもいいけど、大変な目に遭ってるときに聴いてもいいと思うな……って、この話題はいくら話してもキリがなさそうだ(笑)。
写真=佐藤亘/文藝春秋
ヴィルフリート・和樹・ヘーデンボルク(ヴァイオリン)/1977年、オーストリア・ザルツブルク生まれ。6歳よりヴァイオリンを始める。1989年、モーツァルテウム国立音楽大学でルッジェーロ・リッチに師事し、1998年に最優秀の成績で修了(芸術学修士)。同年ウィーン市立音楽大学でウェルナー・ヒンクに師事し、2001年に首席で卒業。2001年にウィーン国立歌劇場管弦楽団に入団。2004年よりウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の正団員として活動する一方で、室内楽の演奏活動にも積極的に参加し、ソリストとしても活躍している。ヴァイオリンの弦の開発も手がけている。写真の腕はプロ級。オフィシャル・ウェブサイト http://www.hedenborg.at
ベルンハルト・直樹・ヘーデンボルク(チェロ)/1979年、オーストリア・ザルツブルク生まれ。5歳よりチェロを始める。12歳でモーツァルテウム管弦楽団との共演でソロ・デビュー。13歳からモーツァルテウム国立音楽大学のハインリッヒ・シフの下で研鑽を積む。2003年バイエルン放送室内管弦楽団とのハイドンのチェロ協奏曲でウィーン楽友協会大ホールにデビュー。2011年にウィーン国立歌劇場管弦楽団に入団、2014年よりウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の正団員となる一方で、室内楽の演奏活動にも積極的である。オフィシャル・ウェブサイト http://bn.hedenborg.com