不便なようだけど……
これらの座席は予約時に指定できない。これはちょっと意外な印象を受ける。南海電鉄には関空特急のほか、本線では和歌山方面の「サザン」、高野線は「こうや」「りんかん」など座席指定特急があるし、泉北高速鉄道に直通する「泉北ライナー」もある。つまり会社として予約発券システムはあるけれど「天空」では使わない。予約は席数のみ。座席指定券は乗車前に予約券と引き換える。
これは不便なようだけど、実際に乗ってみたら理に適っているように見えた。2人連れは運転席近くの2人掛け席、4人と8人のグループは4人掛け席に割り当てられており、子どもがいる家族はガラス壁で仕切られた4人掛け席だった。子どもがはしゃいでも大丈夫だ。私たちは3人グループで、カウンター席だ。カウンター席も3人掛け、2人掛けにさりげなくまとまっている。
つまり、今回は乗客すべてがふさわしい席に割り当てられていた。これは偶然ではなく、列車ごとに席割りを配慮しているように思われた。もちろん、すべての客が満足できる席割りは難しいし、満席であれば融通は利かない。しかし、席にゆとりがあれば、なんとなく人数に配慮した席割りができる。横並び席で、グループ間に1席空けるという配慮もできる。これはコンピューターの発券システムでは難しい。AIの技術もここまで何年かかるだろうか。
異世界へ行くという気分に満ちていく
さて、私たちが割り当てられたカウンター席の眺めは素晴らしかった。あいにく快晴ではなかったけれど、濡れそぼつ森と谷間、向こうに連なる山に霞がかかる。この風情が良い。カレンダーに採用されるようなバッチリの景色は、それこそカレンダーやポスターで見られるから、むしろ違った景色のほうが「ここだけの体験」という気がする。
そして、多少の悪天候でも霊験あらたかに見える景色。これが高野線の素晴らしさだ。そういえば南海電鉄の「天空」のコンセプトは、「俗世間から精神世界へと“change of mode”できる乗り物」だったっけ。列車が高く上っていくに連れて、異世界へ行くという気分に満ちていく。
じつは私にとって高野線は14年ぶり2度目の乗車。初回は各駅停車で行き、「こうや」で帰った。その時もこの景色を見ているはずだけど「山だな」「森だな」「谷だな」と、どこでも見られる景色という感想だった。しかし今回は違う。「天空」は景色を見せるためにゆっくりと走る。車窓と真剣に向き合い、心を無にする感覚。もしや、これは高野山の瞑想修行、「阿字観」の境地に通じるかもしれない。
写真=志水隆/文藝春秋