文藝春秋編集部が選んだ11月号の特選記事を公開します。
(初公開 2018年10月14日)
「写真で見ていたのとは、迫力が全然違う!」
「(展示の)部屋に入った瞬間、空気が一変しました」
興奮冷めやらぬフェルメール・ファンの声がいま、上野公園にあふれている。
さもありなん。代表作『牛乳を注ぐ女』ほか、現存37点のうち実に9点ものフェルメール作品が、上野の森美術館に集結しているからだ。
ひとつの部屋に最大9点の作品が一挙展示される、この“日本美術展史上最大”の「フェルメール展」(上野の森美術館は2019年2月3日まで。大阪市立美術館は2月16日~5月12日まで)。混雑、混乱を避けるため「日時指定入場制」(東京のみ)が実施されているが、フェルメール作品を少しでも早く見たい愛好家たちによって、連日、開館前から長い列ができている。
いったいなぜ、日本人はかくもフェルメールが好きなのか。
興味深いことに、外国の美術ファンは一般的に大型の絵画を好む傾向にあるという。ひるがえってフェルメールの主要作は、一辺数十センチの小ぶりなサイズのものが多い。
「その控えめなところが、日本人の心をくすぐるのです」と解説するのは、“フェルメールおたく”として知られる、生物学者の福岡伸一氏だ。
「控えめというのは、サイズだけでなく、エゴがなくて謙虚、『無私』ということです。ゴッホやピカソには『これが私の解釈する世界だ!』という押しつけがましいほどのメッセージ性がありますが、フェルメールにはそういう主張がない。清明に、目の前の世界を切り取ろうと試みているのです」
公平、無私に世界を写し取ったフェルメールの“科学者的マインド”に深く共鳴した福岡氏は、世界8カ国に点在する彼の絵を「現地」で見ることにこだわり、長らく巡礼の旅を続けてきた。
実は、ここ日本にも『聖女プラクセデス』という作品が存在する。しかも驚くべきことに、いまフェルメールファンで賑わう上野の森美術館すぐそばの、国立西洋美術館に常設展示されているのだ。
「『聖女プラクセデス』は、医薬品メーカー『ジョンソン・エンド・ジョンソン』の創業者一族が亡くなった後、莫大な遺産を相続した未亡人バーバラ・ピアセッカさんが購入して所持していることがわかっていました。私は何回も彼女の財団や関係者に手紙を書き、見せてくださいとお願いしたのですが、ついに許されることはありませんでした」(福岡氏)
その絵がなぜ今、上野の国立西洋美術館でひっそりと展示されているのか。この一枚の絵がたどった数奇な運命には、福岡氏自身もかかわっているという。
日本人を虜にするフェルメールの魅力を徹底解説し、幻の作品『聖女プラクセデス』の謎にも迫った「福岡伸一の『フェルメール超入門』」は、「文藝春秋」11月号に全文掲載されている。