クリーニング「2020年問題」
そんな名店も、俗に言う「後継者問題」からは逃れることができなかった。
「本当は婿さんに継いでもらえたらなんて思ったけど、はっきり断られたからね(笑)。それなら、元気なうちに、いい時にやめようって」
そう言って哲子さんは明るく笑った。
日本は、町の個人店から大型チェーン店まで、約10万軒がひしめく世界一のクリーニング大国といわれる。ところが、昭和40年代のラッシュ時に開店した店が、店主の高齢化により2020年前後を境に、次々と閉店の危機に直面しているそうだ。しかも、大型チェーン店の席巻により価格競争が激化した業界では、「安かろう悪かろう」のサービスが常態化しているという。NPO法人クリーニング・カスタマーズサポート代表の鈴木和幸氏に聞いた。
「昭和40年代以降、大型店が次々参入し、大型機械を使ってアルバイトやパートを動員して、大量生産を可能にして来ました。その結果、価格競争が激化。据え置き価格で生産性を上げるため、過酷な労働環境が強いられ、サービスの質を落とす店が増えました。落ちるかわからないシミ抜きのための代金の事前請求が一般化し、乾燥が不十分で衣類が石油臭くなって戻ってくるようなこともあります。バンクリーニングさんのように、ネクタイを全部解いて洗ってくれるようなお店は、本当の名人。東京でも今では数えるほどしかないと思います」
一番の秘訣は、お客さんの声が聞こえること
バンさんで30年というクリーニング職人の佐藤さんは「今まで働いた店の中で一番すごい」とその技術を評する。
「大手で働いていたこともありますが、雑な店は多いんです。会社からは『とにかく数あげて下さい』『シミなんかはもういいから』ってそのまま流れ作業で。ここは、すごいきれいなのに早いしね。他では真似できない仕事だと思うよ」
二人娘が店を手伝うのも、両親の仕事ぶりに誇りを持っているからに違いない。
「でもうちではそれが当たり前で。他のクリーニング屋さんからうちに移ってくるお客さんも多いんですけど、シミ抜きで傷んだ服なんか見て『なんでこんな仕事してるんだろう?』って、そっちの方が信じられなかった」(美里さん)
求さんの言葉を思い出す。
「一番の秘訣は、お客さんの声が聞こえること。怒ってる声も、喜んでる声も、全部俺に聞かせてくれって、受付にそう頼んでるの。声が聞こえる、顔が分かるから頑張れる。喜ぶ声が聞きたいから、俺は一生懸命やるんだよ」(求さん)
仕事の原点を教わった気がした。さようなら、バンクリーニング。
写真=末永裕樹/文藝春秋