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2018/11/07

 2019年、瀬戸際の37歳は平成のうちに失地回復を成し遂げられるのだろうか――。論点になるべくは、彼が打ち込む「国会改革」の行方である。

 その出発点は17年11月だった。衆院選直後の特別国会初日、衆参両院で議長・副議長の選出と、首相を決める首班指名選挙がいつものように行われた。衆議院では全議員の名前が読み上げられ、一人ひとりが投票用紙を持って壇上で一票投じる。それが3度も行われるため、2時間も拘束されたのだ。進次郎は直後の講演でそれを殊更に取り上げ、「こんな意思決定の場を続けている限り、日本は世界から取り残される」と訴えた。

 それから3カ月後、自民党の若手30人に声をかけ、週一度の勉強会を通して平成の総括を始めた。小選挙区制導入、中央省庁再編、官邸主導など「平成政治」を検証する中、手付かずの“原野”が足元の国会にあるということにも気づく。

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 同じ頃、霞が関では不祥事が相次ぎ、国会は連日荒れた。進次郎らの会は独自の改革案をまとめる動きに発展した。

〈今、国民の政治不信が高まっている〉

 この一文で始まる6ページの紙には、▼不祥事の事実究明に特化する特別調査会を設置し、行政監視機能を強化▼党首討論の隔週・夜間開催で、内閣の説明責任を強化――などの具体策が記された。

 これを発表した翌日、衆議院に限った形で他党を巻き込んで設けたのが、「『平成のうちに』衆議院改革実現会議」だ。進次郎は与野党の議員を集め、議論を続けた。参加した一部野党との共通項を▼党首討論の定例化・夜間開催の実現▼衆議院のIT化▼女性議員の妊娠・出産時への対応――の3点に絞り、平成が終わる19年4月までに「小さなことでも、一つでもいいから実現する」と意気込む。

 だが、その生殺与奪の権は、国会のルールを決める議院運営委員会が握っている。そこは、各党から「寝業師」や「知謀家」と呼ばれる曲者たちが集う梁山泊。とても一筋縄で動かせるものではない。