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「しなければならないこと」も人生の一部だと受け入れる

 仕事も結婚生活も介護も育児も、本当に価値のある活動というのは全体の一握りで、老人子どもの送り迎えや経費精算や契約書チェックや残業の付き合いや職場の若い衆の悩み相談や東京地裁への訴状持ち込みだったりするのです。そういう「しなければならないこと」も人生の一部だと受け入れ、これもまた生きた過程の一つと弁え楽しめるようにするか、心を穏やかにして無の境地で捌いていくかしか方法はないのではないかと思います。夢を実現してみたけれど現実に直面して打ちひしがれている若者の辛そうな顔を見るたび、もっとこう、力を抜きながら将来に向けて自分のできることを増やせるような工夫をしてみたらいいんじゃないかと思ったりもします。日々の退屈な暮らしの中にも、学びや気づきがある時間があって、初めて拓ける未来もあるのではないかと考えております。

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 と、前向きな感じの記事を書いていたら、退院したばかりの親族が玄関の段差で転んで骨にひびが入ったとかでまた入院してしまいました。おいちょっと。何してんだよ。まあ、この人生のままならない感じを抱きしめながら、一日一日を大事に生きていきたいと改めて思う次第です。