はじまりは一冊の本だった。アーティスト清川あさみと詩人の最果タヒは共著のかたちで2017年、『千年後の百人一首』(リトルモア)を刊行した。百人一首の和歌の一つひとつからイメージを膨らませ、清川が糸と布とビーズを用いて平面作品をつくり、最果が現代語新訳をしていったものだ。

 

 鎌倉時代に編まれた百人一首が、千年の時を超えて新しい息を吹き込まれたかたちである。若いファンを多く持つ両者だけに、日本を代表する古典はここに至りたくさんの新しい読者を得た。

 プロジェクトは出版に留まらない。このたび京都建仁寺の塔頭・両足院で、清川による原画が展示されることとなった。「清川あさみ『千年後の百人一首』原画展 糸で紡ぐ、歌人のこころ」だ。

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無数にレイヤーを重ねて歌の世界を表現

 写真などに刺繍を施したり、ビーズやスパンコールまであしらったりするのが清川あさみのお得意の手法。名だたる女優や歌手、アイドルらを被写体にして、そこに刺繍を合わせていく「美女採集」や、内面のわだかまりを刺繍で表す「Complex」などのシリーズで広く知られる。今回はモチーフが百人一首の歌となったわけだが、現代のスターを題材にするときと違いはあったのだろうか。会場でご本人に話を聞けた。

 

「基本は変わりませんでした。対象の感情や内面に秘めた思いを読み取り解釈しながら、手を動かして制作していくのが私のいつものやり方。今回も同じように、歌に込められた思いだったり詠み手の感情を想像しながらつくっていきました。ただ、百首というのはやっぱりたいへん。当然ながら名作揃いですし、一首ずつに人の感情がたっぷり織り込まれていますから、ひとりですべてに向き合っていくのはなかなかハードな体験でした」

 それぞれの歌と向き合っていく過程では、はたと膝を打つような気づきも多くあったという。

「さすがは百人一首ほどの名歌になると、言葉の一つひとつにものすごく奥行きがあります。言葉から連想するイメージがとめどなくあり、意味が幾重にも折りたたまれている。これをどう平面の作品に閉じ込めようかと頭を悩ませました。これは何重にもレイヤーをつくる必要があると感じました。百首を現代語に置き換えた最果タヒさんの詩はどこまでも繊細なので、そこも素材感で表したいと思いました。それで今回は、繊細な生地をたくさん重ねてイメージをつくり上げる作品が多くなりました」