「こんな贅沢なフリーマンおらへんぞ」
圧巻は最後のゲームだった。
イニエスタはボールを保持している方の味方になる「フリーマン」としてゲームに加わった。子供達は遠慮しているのか、なかなかイニエスタにパスを出さない。日本人のコーチたちから声が飛ぶ。
「こんな贅沢なフリーマンおらへんぞ。どんどん使え」
なにせ年俸32億5000万円。日産自動車のカルロス・ゴーン前会長よりはるかに上なのである。
意を決した子供がイニエスタにパスを出す。
そのとき、スペースを見つけた別の子供が右サイドを駆け上がっていた。
「スパッ」
イニエスタが右足を鞭のようにしならせ、アウトサイドのダイレクトで出したパスは相手ディフェンダーの頭をこえ、右サイドを走っている子供の足元にピタリと収まる。
「うわっ」
パスをもらった子供もびっくりである。「さあ、シュートを打て」と言わんばかりに、緩やかなバックスピンがかかったボールは足元で止まっている。勢いよく右足を振り抜くと、ボールはゴールネットを揺らした。
一流選手は会話をするようにパスを出すという。
「よくそのスペースを見つけて、走ったね」
イニエスタは間違いなく、ピッチで子供達と会話をしていた。
ポゼッション(ボール保持)を高めるために
プログラム終了後、短いインタビューに成功した。
——イニエスタ選手と契約したとき、三木谷(浩史、楽天会長兼社長)さんは「優れたプレイヤーとしてだけではなく、日本のサッカーを変える大きなプロジェクトのパートナーとして来てもらった」と語っていました。そのプロジェクトとはどんなものですか。
イニエスタ アイデアとしては、僕がこれまでバルサやスペイン代表で学んできたことを日本に伝え、僕自身もサッカーに限らず、日本からいろいろなことを学び、このクラブをより高みに持っていく、ということを考えているよ。
——「イニエスタ・メソドロジー」の要点は。
イニエスタ 僕はずっと、ボールを保持してゲームの主導権を握るチームでプレーしてきた。サッカーにはいろいろな要素があるけれど、僕が学んできたのはポゼッション(ボール保持)を高めるために、ボールをどう扱うか、体の向きはどうするかということ。ボールを持っているとき、ボールを持っていないときにそれぞれ、どんな動きをし、どんな判断をするか。僕がこれまでに培ってきたことを、みんなに伝えたいと思っている。
「成功とは毎日の小さな努力の積み重ねである」
これがイニエスタの座右の銘だ。イニエスタはこうも語っている。
「サッカー選手でも建築家でも、みんな自分の職業で一番になりたいと思っている。自分を良くするために毎日頑張る。それが人生だと思っている」
イニエスタはサッカーの技術や戦術より、もっと大切なことを日本に伝えようとしている。