なるほど、これが世界基準か
11時30分、アップが始まった。驚いたのは指導者の数だ。80人の子供に対し、リカルトやべナイジェスにヴィッセル神戸下部組織のコーチらが加わり、コーチが30人近くいる。
指導者がこんなにいるなら、抽選の枠を緩めてもっと多くの子供を参加させてもいいのではないかと思ったが、スタッフに聞くとリカルトらが「指導者の数から考えて、80人が限界」と言ったのだという。80人を8つのグループに分け、それぞれのグループに3~4人のコーチがつく。子供達一人ひとりのプレーをしっかり観察し、ワンプレーごとに声をかける。なるほど、これが世界基準か。
ピッチは8つに区切られ、それぞれの場所で練習メニューが違う。4人が輪になってボールを回し、真ん中に入ったオニが奪いに行く「ロンド」や、コーンとコーンの狭い隙間にパスを通す練習など、足元の基本技術を重視したものが多い。10分ほどすると、笛が鳴り、隣に移り別のメニューをこなす。練習の内容がどんどん変わるから、子供が飽きないし、指導者はすべての子供を直接指導することができる。
日本の部活では、20~30人を並ばせて、1人の先生が指導している光景をよく目にする。これでは同じ時間でも子供がボールに触る時間が短く、「先生のお話」を聞く子供たちもすぐに飽きてしまう。仕組みは大切である。
実は、筆者はかれこれ20年近く、地元のボランティアチームで小学生にサッカーを教えている。今回、取材にかこつけて「イニエスタ・メソドロジー」を学びにきたのは内緒である。
前日は乱闘騒ぎもあった荒れた試合だったが……
アップ開始から30分。いよいよイニエスタが現れた。前日の清水エスパルス戦は3−3の引き分け。イニエスタは芸術的なパスで得点をアシストし、サポーターを沸かせた。神戸がJ1残留を決めたこの試合は、アディショナルタイムが18分を超え、乱闘騒ぎから退場者も出る荒れた展開だったが、イニエスタは疲れも見せず子供たちを目にすると表情がパッと明るくなった。
8つのブロックを一つずつ回り、子供に声をかける。
「無理にボールを上げようとしないで。ボールの下に足を入れる感覚だよ」
通訳を通してにこやかに指導する。教えられた子供はポーッと顔を上気させている。それはそうだろう。あのイニエスタに教えてもらっているのだから。
「こんな感じ」
なんの力みもなくスパンッと蹴ったボールは、15個の番号が振られた壁の「8番」にズドンと当たった。背番号8はイニエスタの代名詞である。
「おおっ」
子供達からも、ピッチの外で見ている保護者からも感嘆の声が上がる。