「どうしてベイスターズが好きなの?」
ほんの自虐のつもりだった。彼女は黙って窓を閉めた。風が止んだ車内は異空間のように静かで、ほんの1時間前まで他人だった二人をふたりきりにする。「どうしてベイスターズが好きなの?」彼女は私に聞いた。突然の質問に面食らって、彼女の顔を見た。笑ってはいなかった。「倉本が……好きだから」小さな声で私は言った。頭が考える前に口がそう動いた。
海が見える。空港と宜野湾の往復で見たコンクリートに囲まれた海ではなく、砂と緑に縁取られた海だ。「私は『どうしてベイスターズが好きなの?』って聞かれたら、あなたみたいに答えられない」告白するように、そう言う彼女。「小さい頃から当たり前にベイスターズがあったから、本当に私、自分で好きなものを選んだのか時々わからなくなるんだよ」。道は大きくうねって、私たちをさらに海へと近づかせた。「私はあなたを尊敬する」「あなたはちゃんと自分でベイスターズを見つけて、自分で選んだんだもん」。
指先がツンと痛くなって、胸がいっぱいになって、我慢できなかった。涙が溢れてきてもうダメだった。そうだ、私は自分で選んで好きになったんだ、倉本とベイスターズを。この2年間、喜びと同じくらい、悔しさや辛さがあって、今はとてつもなく不安で。また野球が始まれば、耳を塞ぎたくなるような罵声に晒されるのだろうか。そこに立ち向かいたくても、自分は野球を知らない、にわかファンだからって、自分で自分を縛りつけていた。ファン、ファンってなんだ。でも私はファンだ。私だってファンなんだよ。カバンにつけたキーホルダーを、さっきとは全く別の理由で握りしめながら、子どものように嗚咽をあげて泣いた。私の涙を外に逃がすように、彼女はまた少し車の窓を開ける。「私は、自分がまだベイスターズを好きなのか、確かめるために沖縄に来たんだと思う」彼女も少し鼻声だった。そして「でも、あなたに会えてよかった」。『斎場御嶽』と書かれた看板を指差して「ほら、もうすぐ」と頷いた。
そこは、雨の中途方に暮れていた私を「一緒に行きませんか」と誘ってくれた場所。琉球王国の最高の聖地と言われる場所。「昔は男子禁制だったみたいよ」歩きながら彼女はそう言った。「よかった」と私は笑った。「何がだよ」と二人で笑った。ガイドブックに書いてあった「沖縄は祈りの文化」という言葉、ここがその最高峰であることを思い出して、慌てて笑顔をしまった。
鬱蒼と茂る木々と岩場の中を歩く。漏れた光が矢のように二人を刺していた。その光は少し青みがかって見える。無知で無力なファンである私は、祈ることしかできないと思っていた。倉本の活躍を、無事を。ベイスターズの勝利を。だけど今私は、少しだけそのことを誇りに感じていた。きっとベイスターズを知らなければ、出会うことのなかった友だちと一緒に。海の向こうに浮かぶ久高島を見て「またシーズンが始まるんだね」小さく彼女はつぶやいた。野球は見られなかったけど、私、とても大事なことを教わった気がします。私たちの祈りの季節が、また始まる。
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