我が埼玉西武ライオンズは働き方に関して大変に先進的な球団です。一般のサラリーマンにおいては有給休暇という当然の権利を行使することさえ遠慮してしまうブラック日本社会にあって、我が球団の選手たちはもらった権利は確実かつ迅速に行使します。そこには「俺がいなくなるとみんなが困ると思うし……」みたいな湿っぽさは一切ありません。むしろ、「みんな」のほうが「FA権獲得おめでとう」「俺もすぐ行くよ」「他球団で会おうぜ!」と背中を押してくれるムードさえあります。
毎年のように働き方(※年俸、気が滅入る職場周辺環境、会社からの不本意な評価、社宅がホーンテッドマンション、室内練習場の壊れた網戸が何年も放置されている、職場の近くには休憩できるカフェもない、ネンイチくらいで謎の群馬出張に行かされる、投手陣炎上による恒常的残業、野手陣の逆転しない程度の反撃による恒常的残業、職場が暑い、職場が寒い)を改革していく選手が現れるなか、今季終了後には秋山翔吾さんが働き方を改革する見込みです。
来年の今頃、秋山翔吾さんはメジャーの空の下
秋山さんは来年はもう西武にはいないでしょう。複数年契約の打診を断って迎えたとされる3年契約の最終年。秋山さんは待ちに待った海外FA権をあと100日ほどで取得の見込みです。昨年末の契約更改で掲げた今季のテーマは意味深な「挑戦」。渡辺久信シニアディレクターの「今のところ、どこに行きたいとかはなかった」という説明は、「移籍の希望は今のところナイ」という意味ではなく「とにかくココから出たいというのが本心であって、どこに行きたいとか選り好みするつもりはナイ」という意味で受け止めるべきもの。
若いファンはそれでも薄ーい希望(※オリックスファンが一応優勝を期待するような気持ち)を抱いて、各選手のオフシーズンの動向を見守ります。しかし、ベテランファンほど知っている。過去の先輩たちは引き留めようが引き留めまいが結局出て行ったことを。「出る」は決定事項で、「どこへ」は二の次。直接の理由は「交渉中に球団職員の着メロが鳴った」とか何でもいいのです。心はとうに決まっているのですから。
FAまでの残日数をにらみながら選手はじょじょに笑顔をにじませ(※埼玉西武を出る喜び)、ファンはその選手のグッズを権利取得の2年前くらいから買わなくなる(※すぐに使えなくなるから)。球団もそんなファンのために、ユニフォームに入れる名前と番号はアイロンで圧着するタイプを用意してくれています(※あとで剥がせるように)。それは西武おなじみの光景。何年も前から約束されていた別れなのです。
ただ、それは決して悪いことばかりではありません。必ず出て行くとわかっていればあらかじめ準備もできます。埼玉西武ライオンズは「森友哉はあと4年で嶋の後釜として楽天に国内FAか……」「そろそろウチも後釜を決めないとな……」「よし、新しいキャッチャーを補充しよう(※コーチ契約の元捕手を育成契約で再雇用)」とかを先んじて検討できるのです。「残留する?」「残留しない?」の不透明さが一切ないからこそ、的確に次の手が打てるし、余計に金を払いすぎることもないし、新しく獲った選手が飼い殺しにもならない(※育成失敗で見殺しになるパターンはよくあるが……)。「雇用の流動性」が担保されているのです。言うなれば流しそうめんの「とい」みたいなもので、通過するだけで決して留まる場所ではない球団。そうめん並みの流動性!
秋山の穴を秋山で埋められるのは今年まで
2019年、その「あらかじめ準備」に相当するのが「1番・金子」です。
開幕から「あらかじめ秋山の穴埋め」として1番に起用された金子侑司さんは、その起用の是非をめぐって、ファンを賛成と反対で50対950に二分しながら奮闘をつづけています。もちろん、昨季までは球界を代表する1番バッターとして秋山翔吾さんがつとめていた打順ですから、物足りなさは否めません。「秋山を1番に戻してくれ……」「金子は厄介な9番でいいんだよ……」「たとえば二死走者ナシで9番・金子の打席とするやん? 次は1番・秋山やん? 金子でアウトになってイニングが終わっても次の回秋山からで好打順やん? 金子が間違って出塁したらすぐ盗塁して二死二塁で秋山やん? 盗塁失敗しても次の回秋山からで好打順やん? どう転んでもイヤやん? そういうことやぞ」という手厳しい意見は、心ないインターネットでも散見されます(※詳しくは「金子 1番」で検索!/検索ワードにわざわざ「限界」「無理」「反対」などを入れなくても検索結果には勝手に反対意見が並ぶので大丈夫です)。
しかし、課題とされる打撃面は決して『不調』というわけではありません。オープン戦は『確変』レベルでいいデキでしたが、4月までの打撃も『絶好調』を維持し、5月に入っても『標準』レベルで推移しています。「ゴールデンウィークはしっかり休む」というホワイト信念のもと、5月に入ってからは30打数3安打(※5月8日時点)と多少数字を下げたものの、それでも.284という3割に迫る数字を記録しています(※出塁率だけど)。これは昨年111試合での通算である.303とほぼ同等の数字(※もちろん出塁率)。「3割打者」として自分のチカラはしっかりと発揮しています。
そして、自慢の足は光り輝いています。2016年に残り4試合時点で戦線離脱となるも、同数で並んでいた糸井嘉男さん(当時オリックス)がその後1個も盗塁成功しやがらないという僥倖に恵まれて獲得した盗塁王のタイトルは伊達ではありません。ミタパンのお父さんはそれでは納得しなかったのかもしれませんが(※ミタパンのお父さん野球に詳しい説)、まぎれもないプロ野球のタイトルホルダー。今季もすでに盗塁15個(※DeNA球団全体での数の倍!)と断トツの成績を残しています。5月にいたっては7試合消化時点で3安打2四球ながら盗塁4つという異次元の「足」を見せつけ、盗塁王へとひた走っています。さすが応援歌でも「走れー金子ー」と歌われ、「打て」の歌詞は一切含まれないだけのことはある! 200安打できたら250盗塁くらい決めそう!
確かに我慢の時間ではあります。
しかし、今はまだ「1番・金子」の物足りなさを「我慢」するだけで済んでいる。「ほっといたら来年は秋山の穴でこうなるんだなぁ」と思いながら、じっくりと穴埋め策を模索することができる。来年、手当て不能な絶望に急落するのではなく、「秋山を戻そうと思えば戻せる」という保険をもった状態で模索をつづけることができる。戻すのは簡単ですが、「秋山の穴を秋山で埋める」ことは来年はできないのです。「秋山が残留するかも」は期待度ゼロですが、「金子が覚醒するかも」はゼロではないでしょう。ゼロじゃないからファンも二分されているのです。埼玉西武ライオンズは未来への一歩を踏み出さなくてはならない。誰よりも早く。秋山さんがいない2020年へのリードオフを。