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ファイターズ・西川遥輝“アンブレラハルキ”誕生 プロ野球ってやっぱ最高だな

文春野球コラム ペナントレース2019

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「ホークス応援してもええからオレの打席だけ応援よろしく」

 実況アナは「プレー中に傘を差す選手は初めて見ました。嬉しいひとときでしたね、ファンにとってはね」と言ってくれたが、厳密に言ってこれは「ファンサ」「神対応」の類いなのか。フツーの考え方で「ファンサ」といったら、キャンプ地やなんかで自チームのファンにサインをするようなことだ。敵チームのファンに傘を借りることではない(んじゃないかと思う)。観客が「ぜひ西川さんに傘を差してほしい」と望んでいて、それを叶えたなら「神対応」だろうけれど、そんなこと想像すらしてなかったに違いない。「願う→叶える」の構造じゃないのだ。

 ひょいっと借りて、えええ〜の構造。

 もちろん実際には最高のファンサービスになった。「WE=KYUSYU」デーの地方開催は代えがきかないと思う。熊本で、鹿児島でやるから意味がある。雨天中止にしてヤフオクドームの予備日に入れればいいってもんじゃない。その証拠に雨にもかかわらず満杯のファンがプロ野球を待ってくれていた。それは翌日、更に本降りになった鹿児島でも同じだ。ホークスが九州に来て30周年嬉しいなと思ってもらいたい。プロ野球ってやっぱり最高だなと思ってもらいたい。

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 これは地方球場だから可能だったことだ。例えば札幌ドームの屋根がなかったとして(?)、雨降りの日に傘を借りようとしても、外野フェンスが高くて、ひょいっという感じにも、談笑する感じにもならない。

 アンブレラハルキを外野フェンスの向こう側から撮った動画が存在する。これが事情をすべて物語っている。「財部建佑」さんという、大学生らしき男性のツイッターに上がっていた動画だ。もう何万回と再生されている。それを見ると西川はかなり積極的に歩み寄って、差し出されるままに傘を借りている。で、「ホークス応援してもええからオレの打席だけ応援よろしく」「みんな熊本出身? 僕ね、和歌山なんですよ」などと気さくに話している。普段、ヒーローインタビュー等で口ぶりの重い西川からは想像できない気さくさだ。で、最後は「じゃ、行ってくるわー」と傘を返し、ポジションへ駆けてゆく。この「じゃ、行ってくるわー」が何度見ても最高。

「財部建佑」さんは「5月18日の出来事。野球全然興味ない中見に行ったけど、これを機に西川遥輝選手のファンになったわ。おもろいしイケメン」とツイートしてくれている。この日は4回終了後、ザーザー降りになって1時間中断、再開後の5回裏に2失点して負けている。1時間の中断は投手にとって難しい条件だったと思う。千賀は見事切り抜け、上沢は足をすくわれた。だから1対2の負けだ。負けたけれど、むしろいいもの見た感が強い。僕らの心にはピンクの傘を差してフェンス際に立つ西川遥輝しかない。

 あの傘を差すシルエットは即刻、Tシャツにしてほしい。またピンクのアンブレラ自体も商品化してほしい。あぁ、これが今後拡大していって「外野会議」で3人の外野手が傘を差してる絵もいいなぁ。あるいは札幌ドームで西川応援のとき、傘を振るファンが爆発的に増えるかもしれない。レアードのホームランは「スシ1貫握った」などと表現されたが、今後、西川はヒットの度に「今日は傘2本差した」と言われるのかもしれない。

ヒットの度に「傘を差した」と言われるのかもしれない ©文藝春秋

公式記録に記されない思い出こそがプロ野球

 翌19日も上原健太で負けた(5回降雨コールド)が、この日は中断中に、近藤健介が外野スタンドの子らと即席のキャッチボールを始めた。鹿児島の野球少年がグローブを持って来ていたのだ。あれもよかった。

 雨の日のサービスというと、僕は関東住みのパ・リーグ党だから、千葉マリンのロッテ・諸積兼司や、ハムならウインタース、森本稀哲らの防水シートへのヘッドスライディングがパッと浮かぶ。こういうのはファンの記憶にだけ残って、野球の公式記録には一切記されない(防水シートのヘッドスライディング生涯記録とかが残ったらそれはそれですごいけれど)。

 じゃ、これは「野球」じゃないんだろうかというのが今日の論点だ。僕は「野球」の大事な要素だと思う。ドーム球場が全盛になってしまって、プロ野球から雨や風を読む緻密さや、中断時ののどかな楽しさが失われつつある。だけど、それも込みで「野球」じゃないだろうか。サムタイムウイン、サムタイムレイン。

 雨の熊本&鹿児島シリーズ、両軍にケガ人が出なくて本当によかった。そして、ずぶ濡れで観戦してくれたファンにアンブレラハルキ(とキャッチボールコンスケ?)をお届けできてよかった。たぶん外野のファンにとっては勝ち負けではなく、点差でもなく、この思い出がプロ野球だろう。

 今後、アンブレラハルキが拡大していくかどうかは現時点では不明だ。ただ一つ言えること。梅雨が来月やってくるのだ。北海道に梅雨はないかもしれないが、交流戦のビジター球場は傘の出番だ。準備にかかるなら今じゃないだろうか。西川遥輝、(傘を)差して差して差しまくれ!

筆者私物のケータイホルダー。実際はなーんも置いたことがありません ©えのきどいちろう

追記 5月22日、札幌ドームで行われた楽天戦11回戦のGAORA中継を見ていたら、ピンクのアンブレラ型ボードを振るファイターズ女子が既に出現していた。チームは4連敗だが、止まない雨はない。

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