「打てて良かったです」──。
ホームランを打った後に決まって言う、この素っ気ない談話にこそ、中村剛也の魅力が凝縮されていると僕(あさりど・堀口文宏)は思っています。
ライオンズに入団してから18年間応援し続け、テレビ埼玉の番組「LIONS CHANNEL」のMCとして2016年から取材させてもらうようになり、中村選手には二つの顔があると感じるようになりました。
一つは「稀代のホームランアーチスト」。もう一つが「究極の照れ屋さん」。前者は野球選手、後者は人としての魅力です。
取材では口数の少ない中村選手ですが、ホームランを打った後、三塁側ベンチ前で出迎える選手たちと、「イエーイ!」みたいにハイタッチして喜び合っています。普段から親しんでいる人には、そういう姿を見せるんですよ。
そこに野球選手ではない広報さんが談話をとるために入ると、「打ったのはストレートです。打てて良かったです」と、シャッターがガラガラっと閉まる。それは、照れ屋さんだからです。
でも僕は、中村選手の扉を開ける鍵があると思っています。
照れ屋さんの中村選手に「自分の話」をしてもらう方法
メットライフドームでのアーリーワーク(試合前の自主練習)中、中村選手はだいたい全選手が集まったくらいの頃、最後にビクトリーロード(バックネット裏の長い階段)を降りてきます。“よちよち”歩いてくるというか、“右、左、右、左”と交互に足に重心を移しながら、長い階段をゆーっくり降りてくる。
その姿を見ていると、“朝、起きるのが辛くて、学校に行くのを駄々こねている小学5年生が歩いてきているような感じ”に僕には見えるんです。
中村選手は照れ屋さんだから、階段を降りてくるときに、ちょっとアピールしているような気もするんですね。「中村剛也、降りてきていまーす」って。
でも、グラウンドに入ると空気感が少し変わります。小学5年生の顔はなくなっています。
僕が話を聞きに行くのは、そのタイミングです。「この人、本当はおしゃべりをしたいはずだ」って思いながら、近づいていきます。そうじゃなかったら、“よちよち”じゃなくて、“スー”って階段を降りてグラウンドに来るはずですから。
だいたい一人で三塁側ベンチの少し向こう、カメラマン席の前あたりのファウルゾーンにドーンと座ります。その隣に行き、「ちょっとよろしいですか、中村さん。聞きたいことがあるんです」と言うと、必ず「ダメ」と返されます。
「ダメですか。3分だけならいいですか?」「いや、ダメって言っているじゃないですか」。2回目の「ダメ」を聞いたとき、僕の中では「OK」だと思っています。本当にダメな人は、「本当に、今日はちょっと……」と言うじゃないですか。
おそらく、中村選手は「自分の話」をすることに照れちゃうんだと思うんですよ。「あのときの満塁ホームランは?」と聞くと、ガッチャンと鍵が閉まる。だからまず、アイドリングが必要です。自分の作戦を言うのはイヤらしいんですけどね……(苦笑)。
「中村さん、最近珍しいトレーニング器具を使っていますよね。あれって何ですか?」
まずは野球と違う話で、お茶を濁します。
「これ、ヒースが使っていたから、それを僕も買って使っているんですよ。すごく気持ちよくて」
筋膜をほぐして、硬くさせないための器具だそうです。筋肉が硬くなると肉離れをしやすくなるので、ほぐして柔らかくして、筋肉がちゃんと稼働してくれるようにするための器具だ、と。
その日は、それだけ聞いて終わり。ホームランについて聞きたい気持ちをグッと抑えて、家に帰ってその器具について調べると、6万8000円もしました!
“結構、乗ってきている。よし、そろそろだ”
「中村さん、あの器具、買えないですよ、6万8000円もしますから!」
翌日、同じタイミングで中村選手に話しかけました。
「何言っているの。あさりどの給料なら買えるでしょ?」
「いやいや、買えるわけないですよ。そもそも僕、お小遣い制だから、無理ですよ」
「貯め込んでいるでしょ?」
ニヤッとそう言われた時点で、“結構、乗ってきている。よし、そろそろだ”と思って話を続けます。
「そういう器具で筋肉をほぐしていくと、バッティングにもつながっていくんですよね?」
第二段階、バッティングの話に移行しました。
「うーん……別に俺、腿の方だから。バッティングでも下半身を使うと言えば、使うけど……」
少し、言葉が硬くなってきました。まずい、まずい、柔らかいうちに聞かないと。
「ちなみに中村さん、今まで満塁本塁打を結構打っていますけど、そのうち狙ったのは何本くらいあるんですか?」
「一応、全部狙いました」
来たあっ! 答えてくれた! 一番聞きたかった話! しかも全部なのかい!
僕としては、「全部は狙っていないけど、これとこれは狙っていました。それでうまく入った」という答えを想像していました。それが全部狙っていたとしたら、本当に愚問だった。稀代のホームランアーチストに対して、ですよ。
「大変失礼しました。ちなみにですけど、今シーズンのヤクルト戦で打ったホームランは最初から狙っていたんですか?」
6月14日、メットライフドームでのヤクルト戦。7対1でリードした4回1死満塁、相手ピッチャーはブキャナン。
「満塁の場面が来て、カウント的にも相手ピッチャーは投げる球がなくなってきて、おそらくこの球に狙いを定めれば行けるかなと。状況もすべて整ったと思ったので、狙いました」
その答えを聞けて、嬉しかったなあ。僕みたいに、記者ではない人間に、そこまで話してくれるとは思わなかったですから。