ギャラを手にするか、カットされるかの“大一番”
ここで道原は、オーナーと肝心の話、つまりギャラの交渉を行った。ABLでは報酬はアメリカのマイナーリーグにならい2週間ごとに支払われることになっている。球団は、地元選手以外には本拠地球場の近くにある大学の寮をあてがっているが、途中入団の道原は相変わらずホームステイ先から通っている。その費用もプロなのだから球団持ちのはずだ。そろそろいいだろうと直談判したのだが、なにしろ球団にも金がない。オーナーはしぶい顔でこう言った。
「最初の2週間はノーギャラ契約だ。全然投げてないだろ」
それが方便でしかないことは、道原は入団以来、週1回の登板ペースで変わらずやってきていることが示していた。選手報酬は、月1000NZ$(約7万3000円)。2週分だと500NZ$だ。その程度の金をプロ球団なのに払えないのかと思う一方で、もう金も尽きている。なんとかギャラと家賃を払ってくれと頼みこむと、オーナーも清水の舞台から飛び降りた。
「よし、今日の試合で4イニング以上投げて2失点以下に抑えれば最初の分から耳をそろえて払ってやる」
前回登板で炎上してしまったこともあるので、同じことを繰り返せば、荷物をまとめて日本に帰る羽目になるかもしれない。ギャラを手にするか、カットされるか、道原は大一番に臨んだ。チームは首位を独走し地区優勝に向かってまっしぐらだが、そんなことまで頭は回らない。道原は、ただマウンドで次々とバッターボックスに立つ大男たちをひとりずつ片付けることに夢中だった。
崖っぷちの男は強かった。3回までひとりのランナーも出さないパーフェクトピッチング。自慢のストレートとスプリットがバンバン決まる。しかし、4回に初安打を許すと、ワイルドピッチのあと、ホームランを浴び2失点を喫してしまう。それでも道原は「合格点」の2失点で4回を終えた。しかし、序盤の大量点に、道原に2勝目をプレゼントしたかったのだろうか、監督は5回も道原をマウンドに送った。これが裏目に出て、1アウトを難なくとったものの、道原は下位打線につかまりあえなくノックアウトとなった。
試合の方は、なんとかオークランドが逃げ切り、地区優勝に大きく前進はしたものの、道原の処遇は微妙なところだ。試合後、道原は、「最初から飛ばし過ぎました。ふた回り目に捕まりました」と舌を出したが、ギャラと家賃の件についてはGMの判断次第ということだった。
彼は翌週も先発したことを知った。残念ながら2回持たずKOとなり、初の黒星を喫したが、これからプレーオフ、決勝シリーズへ向けての戦力と期待されているようで、ロースターにはしぶとく残っている。当分、日本には帰ってくることはなさそうだ。
GMの判断がどうだったかについては、春になったら高知で尋ねてみようと思う。
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