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トラ番記者が振り返る“沸点” 秋山拓巳のプロ初登板、負け試合の記憶

文春野球コラム Cリーグ2020

2020/05/09
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「さすがにこんな量は入らないぞ」

 その時すでに2軍で結果を残し、鳴尾浜から一歩ずつ甲子園に近づいていた右腕は、最後のコーラを飲み干して言った。「今年中に絶対1軍に上がりたいです」。その時、漠然と「プロ初登板の記事を書けたら良いな」と思ったと同時に、初めて自分なりの「書く理由」を、おぼろげながら見つけたような気もした。

 だから、敵地のマウンドで腕を振る姿はまぶしかったし、心から勝利を願った。当日、本来なら東京遠征には行かず2軍鳴尾浜での取材予定だったところを、あの再登山を命じた先輩が「秋山の試合取材したいなら東京に来ていいぞ」と許可してくれた。そんな事情もあって余計に気合が入ってしまい、敗れたにも関わらずとても紙面には収まりきらない、とてつもない量の原稿を会社に送りつけ「さすがにこんな量は入らないぞ」とやっぱりこの日も怒られた。

©文藝春秋

 結局、整理部の先輩方の力をお借りしてレイアウトを多少犠牲にしてまで、ほぼそのままの量で原稿を紙面に収めてくれた。三宮の高級店でも見せた“力み”が編集局にも伝わったのかもしれない。悔しいデビューになった秋山には怒られるかもしれないが、ずっと取材してきた選手の1軍デビュー戦を見届けて記事を書き、小さな達成感があった。選手の秘める思いを知り、それに負けないぐらいの熱量を文字に込める。憧れだった仕事を初めて実感できた瞬間。短くない虎番生活で、ふとすれば忘れてしまいそうなこの“8月21日の感覚”が、10年経った今でも、僕のエンジンになっている気がする。

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 昨年4月30日、秋山はプロ野球で平成最後の勝利投手になった。前年に受けた右膝の手術からの復活を遂げた1勝。「絶対に1軍に上がる」と息巻いていた19歳は、いつしか「手術は野球人生の分岐点になる」と悲壮な決意を口にする29歳になった。そんな時の流れの早さを感じてしまうのも、考える時間が増えたからだろうか。やっぱり前を向き、選手を追いかける“日常”に戻りたい。力んで原稿を書きたい。

©スポーツニッポン

チャリコ遠藤(スポーツニッポン)

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