走り込み。しかし、これは根性論ではない。現役時代から理論派として知られてきた東出輝裕2軍打撃コーチは、理路整然と意義を説明してくれる。「野球は小さなボールを扱うスポーツです。そうすると、どうしても体の使い方が小さくなってしまいがちです。そこで、走ることで体を大きく使うことが大事になってきます。タイムも計測していますが、選手の状態や気持ちによって、1周で20秒前後変わってきますから、ひとつの目安にもなります。それにしても、新井さんであり、石井(琢朗)さんであり、長く野球ができる人は、やはりよく走っているものです」。
体の使い方をリセットし、持久力をつけ、タイムによって状態も把握できる。おまけに、「周囲が緑なので、僕も選手の頃、ヒーリング効果を感じたものです」(東出コーチ)というくらいなのだから、外周ランニングの有効性は、極めて高いようである。
「ゴロ捕球の姿勢で外周を走ったことがあります」
「四股を踏むようにして、ゴロ捕球の姿勢で外周を走ったことがあります。もう半周もいかないうちに、膝が辛くなり、もう夢に出るかと思いました」というのは、3年目のシーズンに飛躍を誓う羽月隆太郎選手である。ドラフト7位入団、身長167センチと小柄ながら、ユニフォームを真っ黒にして大声を出すプレースタイルは、まさにカープというガッツマンである。由宇の外周の常連ともいえる羽月も、その鍛錬の甲斐もあって、昨シーズン、1軍デビューを果たしている。
人を育てる場なのである。芸歴15年のボールボーイ佐竹は、こんな光景も目にしている。「ライトスタンドの部分で、少年たちがキャッチボールをしているのを見たことがあります。グラウンドでは若ゴイが試合に臨み、その向こうで、さらに将来の若ゴイがキャッチボールをしているのです。まさに、育成ですよね」。
さらには、選手のホームランボールをノーバウンドでキャッチするために、打球傾向を頭に入れ、捕球に向き合う「ホームランおじさん」なる名物ファンも、己の技術を磨いてきた。
無観客試合の今、そういった姿は見られないが、由宇練習場には物語が詰まっているのである。
で、ハードなランニングは羽月選手の夢に出てきたのだろうか?
「いえ、そう思ったのですが、あまりに疲れたのだと思います。その夜は、良く眠れました」
開幕ダッシュに成功したカープだが、シーズンは長い。当然、苦しい時期もやってくるだろう。ただ、そんなとき。この由宇練習場で鍛え抜かれた若者が、チームを救うに違いない。そして、またいつか、カープ芸人も、ホームランおじさんも、この緑と太陽の下、成長できるに違いない。
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