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ああ、もしかしたら我々はこんな部下が欲しいのかもしれない

札幌ドームで『ロマンスの神様』が流れるとあの頃の若者は男女問わずほぼ反射的に大きく手拍子をする。体に染みついているから、本当なら「ボーイミーツガール!」も「フォーリンラブ!」も一緒に歌いたくてたまらない。

 努力と笑顔だけじゃなく、こんなところからもすっと懐に入ってきた万波選手。手拍子をしながら思う、ああ、もしかしたら我々はこんな部下が欲しいのかもしれない。このご時世、上司と部下の関係は希薄になるばかりだ。「頑張れよ!」と背中をたたくことも、こちらからカラオケに誘うことも、良かれと思ってアドバイスすることすら躊躇する時代……せっかくなので部下の彼を男性上司の設定で想像してみる。

 万波くんはとにかく頑張ってくれる(練習をとことんするし、よく走る)。失敗したらどっぷり落ち込む様子を見せる(三振した時にはしばらくひざまずく)。失敗したことの言い訳はしないしごまかさない(三振したらこれでもかと落ち込んでベンチに戻ってくる)。私はそれを見て、次頑張ればいいさと笑う。

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 時々、年の近い上司に軽くいじられている(試合前の声出しで先輩に突っ込まれる慣れない姿)、私は遠巻きに見て、後でさりげなく声でもかけてみようかと考える。出先から私が帰れば真っ先に笑顔でお帰りなさいを言ってくれる(試合に出ていない時は守りのイニングが終わると真っ先にベンチから出て先輩たちを迎える)。「ああ、ただいま。今夜、一杯どうだ?」と他の部下も何人か誘って近場に飲みに行く。

 二次会はカラオケだ。一番の若手の万波くんは私から何も言わないのに「好きなんですよ!」とあの時代の曲をどんどん歌って盛り上げてくれる。帰る時間、気持ちよく私は財布を開き支払いを済ませる。店を出て万波くんが拾ってくれたタクシーに乗る間際、これで帰れよ、じゃまた明日、と千円札を何枚か渡す……。

「え? 万波ってこの曲が登場曲なの? マジで?」。札幌ドーム、私の斜め後ろに座る万波選手と同世代の黒マスクの青年がくすくす笑う。お、ありがとう、現実に戻してくれて。別に君にわかってとは言わないよ、この圧倒的な万波選手の部下力。でも一度でいいから、『ロマンスの神様』をフルで聴いてみてほしい、この時代を夢中で生きた人たちがきっと君の上司だよ。

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