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247敗から得た「生きるための術」 東尾修さんの解説は何がすごいのか

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/06/11

「うへへ」と笑い、時に黙る

「東尾さんはどんな人?」とアナウンサーに問うと、異口同音に「人間味がある」という答えが返ってくる。中継中もしばしばライオンズファンに戻っていて、西武の選手がホームランを打つと「うへへ」と笑い声が入ることもある。かみ合わない実況にはパンチを食らわせるなど豪放な(?)一面もあるが、遊び心に富んでいて、お茶目なのだ。

 その昔、渡辺久信現GMが現役を引退し解説者になるにあたり、東尾さんを誘って一緒にテレビ朝日のアナウンススクールに通ったことがあるそうだ。「ナベは俺の滑舌が悪いからって言うけど、俺を口実に使ったんだよ」と東尾さんは笑うが、本当に行ってしまうのだから愉快な話である。

 そんな東尾さんはイニング間も実況者やスタッフとよく話す。そのことを問うと、理想が返ってきた。

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「言ったことを実況がうまく拾ってくれて、(中継の中で)それが広がること。会話のキャッチボール。多少試合から逸れたっていいんだよ。面白い話ができれば」

 東尾さんの解説の先には、必ずリスナーがいる。「リスナーは何を聴きたいのか」を考えるのは、現役時代「ファンは何を見たいのか」を考えたことと違わない。だからイニング間も会話をし、話のタネを蒔く。リスナーのために、そして横にいる実況者のために。

 余談だが、東尾さんは中継中にもかかわらず黙ることがある。リスナーの中には「東尾さん、機嫌が悪いのでは……?」と思う方もいるかもしれないが、その通り、機嫌が悪いのである。正直な方なのだ。

 会話をし、たまに褒め、時に黙る。その気付きを促す姿に、私は理想の上司像を見ている。

試合前もいろいろな話を聴かせてくれる東尾修さん ©黒川麻希

251勝247敗投手の「人生の教訓」

 東尾さんの現役時代の話を最後に一つ。

 春先や秋口、空気が乾燥する時季はボールが滑る。東尾投手はどう対策したか。試合前にみかんを食べてマウンドに上がったそうだ。みかんを食べると手がべたつく。これを利用した。実家がみかん農家だったことが役に立ったと言う。

「汚いと言われればそうだが、それが生きるための工夫だった」

 調子が良いときに成績を残すだけでは一流にはなれない。悪いときにこそ工夫をして結果を出す。247敗から得た東尾さんの「生きるための術」は、野球を超えて、人生の教訓となる。

 プロの世界で戦い結果を残してきた人の野球論は奥深い。勝負の世界に身を置きメシを食ってきた人の話は、野球論を超えて面白い。

 そんな東尾さんの解説で野球が聴ける。なんと贅沢なことか。今日はどんな話が聴けるんだろう……わくわくしながら、私は球場へ向かう。

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