中田翔という野球選手について考える時、真っ先に思い出す光景がある。

 2008年の沖縄・名護での春季キャンプ。球場バックネット裏の一室から、グラウンドで居残り練習をするベテランを食い入るように見つめる中田の姿があった。

「なんであの緩いボールをあんなに遠くまで飛ばせるんすかねぇ……」

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 当時の中田は高卒1年目のルーキー。中田が見つめる先にいたのは、ロングティーでサク越え弾を次々に飛ばす稲葉篤紀だった。

中田翔 ©文藝春秋

露悪的な中田翔と純真な中田翔

 中田は大阪桐蔭で高校通算87本塁打をマークし、「怪物」の名をほしいままにしていた。私は当時、野球雑誌の編集者として日本ハムの注目ルーキー・中田のインタビュー取材に同行した。事前に伝え聞いていた中田の人物像は「実は打撃より投球が好き」「他人のプレーに興味がない」「考え方に幼さはあるが、自分の言葉で伝えられる」といったものだった。

 しかし、中田は稲葉のロングティーを見ながら、「さすがですよねぇ。違いますよねぇ」としきりにつぶやいた。心の底から驚き、感動しているように見えた。

 たしかに稲葉のロングティーは、見ているだけで惚れ惚れした。スイングに力感が感じられないのに、ふわりと柔らかくバットにボールを乗せ、放物線を描く。スタンドまで運ぶような打球は美しくもあった。

 それまでの中田は「人によって体型もフォームも違うから参考にならない」と、他者のプレーに興味を示さなかったという。プロの世界で打者として生きていく覚悟を固めるうちに、技術への関心の扉が開いたのだろう。インタビュー中も、中田は自身の打撃観について雄弁に語ってくれた。

 あれから13年の時が経ち、中田は打点王を3回受賞する球界を代表する打者になった。テレビのバラエティー番組などプレー外では露悪的な言動も目についたが、あくまでも私のイメージは「野球に対して純粋な選手」というものだった。

 8月20日、中田翔の巨人移籍が発表された。

 放出の直接的な原因になった暴力行為については、被害を受けた選手の希望もあり詳細は伏せられている。暴力行為そのものが言語道断という考え方もあり、嫌悪感を抱くファンが多いのも理解できる。

 また、日本ハムが今回の一件だけで中田の無償トレードを決めたとは思えない。栗山英樹監督の「正直、このチームでは難しいかな」というコメントから察するに、球団にとって中田との関係が限界に達していたのは間違いないようだ。

 巨人が他球団から大物選手を獲得したとなれば、いつもなら「金満体質」「欲しい欲しい病」などと揶揄されるが、今回の中田移籍は「温情トレード」の様相が濃い。とはいえ、中田を獲得したことで出番を失う可能性のある選手もいる。松原聖弥、廣岡大志、香月一也といった才能ある若手の芽が摘まれるリスクすらある。