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伊藤は一生忘れられない勉強を長谷川勇也にさせてもらった

 といってすんなり勝ち星を伸ばしたわけじゃない。高めに球が浮いてポンスカ打たれることもある。だけど、次までに伊藤は何か考えてくるのだ。経験のなかで学び、成長する資質を備えていた。場数を踏み、経験を重ねるほど伊藤は逞しくなる。また運命(としか言いようのないもの)が彼を名場面に立たせた。オリンピックのメキシコ戦の快投も見事だった。が、いちばん思い出深いのは何かといえば10月21日、ソフトバンク最終戦、長谷川勇也との対決だ。

 7回裏、引退を決めた長谷川が代打で出てくる。PayPayドームが沸き立つ。スコアは0対0、1死2塁に走者を置いて、長谷川は15年のプロ生活を締めくくりにくる。自分のバットで試合を決めるつもりだ。工藤監督は最高のはなむけを用意した。

 伊藤はこれ以上ない「ザ・プロ野球」という勝負をした。1球目、外角ストレートでストライク。長谷川はものすごい気迫だ。ホークスベンチは全員立ち上がって祈っている。2球目、スライダーが内角低めに外れ、1‐1。3球目、外角低めにストレート、これが決まって1‐2。追い込んだ。これで伊藤は何でも投げられる。4球目、122キロの沈む球。長谷川が泳いだ。何とか合わせた打球は一ゴロ。ベースカバーに走る伊藤とヘッスラで1塁に生きようとする長谷川の競走になった。塁審の判定はアウト。ユニホームを泥で汚し、うつむいてベンチに下がる長谷川に万雷の拍手が送られる。マウンドには帽子を取って深々と一礼する伊藤の姿があった。何度思い返しても泣ける。最高のシーンだ。

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 だけど、その後、伊藤はやられるんだよ。長谷川はベンチに戻ってレガースを地面にたたきつけ悔しがる。その熱さがホークスナインに火をつける。次の甲斐拓也が2ランホームランだ。野球っていうのは熱いんだ。伊藤は一生忘れられない勉強を長谷川勇也にさせてもらった。闘志、闘争心。プロ野球選手として何よりも大事なもの。

 10月30日、僕はZOZOマリンの今季最終戦を見に行った。泣いても笑ってもパのレギュラーシーズンはその試合で終わり。もちろん栗山監督が采配を振るう最後の試合だ。マウンドに立ったのは伊藤大海。2ケタ勝利に挑むこと、実に7度目だ。今度の足踏みは初勝利のときより長かった。試合前にね、外野を1人走る伊藤の姿を見た。それはルーティンなんだけど、気持ちを整理する時間でもある。最後の最後まで野球をやらせてもらうのだ。絶対勝って栗山さんに感謝を示したい。

泣いても笑ってもパリーグ最終戦。ファイターズにとっては「5位フィニッシュ確定」をかけた試合でもあった。 ©えのきどいちろう

 最終戦の登板も度々ランナーを背負う苦しいピッチングだった。だけど粘り続けた。4回裏のピンチが印象に残る。先頭のレアードが捕逸による振り逃げで出塁、次の安田3ゴロを野村佑希が後逸で無死一、二塁。何度も見てきた光景だ。守備の乱れで自滅するチーム。伊藤は山口を打ち取り、岡を三振に取るが、左の藤岡を歩かせてしまう。2死満塁。

 伊藤大海は味方のエラーで崩れるか、味方のエラーをカバーするかの岐路に立つ。先に述べた活発な「打線が投手を育てる」の逆パターンだ。エース級の投手だけがこういう場面でギアを上げて粘る。少々のエラーは吸収してやって、野手を育てる。バッターは第1打席ヒットを打たれてる柿沼だった。秋日は傾き、伊藤も柿沼も、満塁の走者も影が長く伸びている。カウント2‐2からストレートで見逃し三振。

 そのまま7回(116球)5被安打、9奪三振、1失点の快投で見事10勝目を飾った。栗山監督の代表作は「大谷翔平の二刀流」だろうが、その最後の作品は「10勝投手・伊藤大海」じゃなかったろうか。苦しんでつかみ取った成功体験や達成感であり、それがもたらす自信じゃなかったろうか。見に行ってよかった、勝ってよかったなぁとずっと思い返している。HDD録画も何度も見直していて、伊藤は何度も10勝している。

10勝ポーズをとる栗山監督と伊藤大海。思えばこのビニールの「1」もいろんな球場に持ち込まれ、大海の10勝を待っていたのだろう。 ©えのきどいちろう

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