チームとしては「完全」でなくても、個人として成し遂げた部分はある。
完全試合には夢があります。ひとりの走者も出さず9回まで抑え切り、一点の曇りもなく勝つ、その美しさは比類なきものです。勝利まで含めてすべてが伴ってこそ「完全」だと思います。だから、西口さんの事例のように、味方の無援護によって勝利が9回で確定しなければ、まだ完全試合達成ではないというのはその通りです。相手打者を最後まで完璧に抑えたとしても、結果が引き分けだった場合はやはり完全試合ではないというのも、まったくその通りです。
ただ、投手はもちろんのこと、誰にもどうしようもない形で「完全」ではなくなることもあります。雨天コールドで早期に試合が決着してしまい、完全試合の要件である「9回」に及ばなかった場合。昨年のメジャーリーグであった「コロナ禍による7回制のダブルヘッダー」という、そもそも「9回」までやらない設定の場合。あるいはタイブレーク方式での延長戦にもつれ込み、走者が出た状態から攻撃が始まるために完全試合が強制的に途切れる場合。どうしようもない未遂があり得るのが完全試合なのです。
だからこそ完全試合は美しいし、だからこそ「達成」も「未遂」も投手ひとりに背負わせるのは違うだろうと思います。個人がどんなに好成績でもチームとしては優勝できないことがあるように、「完全試合」や「ノーヒットノーラン」もチームの記録という側面があることを胸に刻んでおきたい、そう思うのです。
そして、たくさんのことに恵まれなければ成し遂げられない完全試合の成否によってのみ「達成・未遂」「成功・失敗」と二分するのではなく、完全試合未遂のなかにも個人として成し遂げた部分があるだろう点を、忘れずにいたいと思うのです。
西口さんは9回27人の打者を、ひとりの走者も許さずに抑えました。完全試合達成者たちと同じことを成し遂げました。延長10回に許した安打ですべてが消えたのではなく、未遂ではない何かが残っています。個人記録風に言うなら「1試合における試合開始からの連続イニング出塁阻止:9イニング」とか「1試合における試合開始からの連続出塁阻止:27打者連続」とかでしょうか。素晴らしい記録です。日本プロ野球タイ記録です。佐々木朗希さんが完全試合と同じ試合で記録した「13者連続三振」が完全試合達成と並び称されたように、「1試合における試合開始からの連続イニング出塁阻止:9イニング」も記録として讃えられていいはずです。ただただ「失敗談」として扱われるのではなく。
すべてを成し遂げられなかった日のことも、成し遂げた部分に光を当てれば、別のものが見えてくる。前向きな角度で見ることで、失敗談ではなく栄光に見えてくる。それが「令和の野球観」ではなかろうかと思うのです。
「未遂」「失敗」ではなく、あれは唯一無二の「挑戦」だった。
角度を変えて見れば、あの延長10回にも恵まれた部分がありました。
日本プロ野球において例のない、「1試合における試合開始からの連続イニング出塁阻止:10イニング」に挑戦する機会こそが、あの試合でした。これまでの記録と肩を並べて、さらに記録更新を狙う千載一遇のチャンスでした。それは、自身の素晴らしい投球だけではなく、味方が点を取らないという偶然が重なってようやく生まれる、奇跡的な「挑戦」の機会でした。
「挑戦」には喜びの輪が似合います。2020東京五輪のスケートボード女子パーク種目で、メダルには届かないながらも果敢な挑戦をした岡本碧優選手のまわりには、その挑戦を讃える仲間たちの輪がありました。2022北京五輪のスノーボード女子ビッグエア種目で、メダルには届かないながらも果敢な挑戦をした岩渕麗楽選手のまわりには、その挑戦を讃える仲間たちの輪がありました。もし、もう一度、あの2005年と同じことが起きたなら、西口文也さんのまわりにも、その「挑戦」を讃える輪が生まれるような世のなかであればいいなと思います。
完全試合は成し遂げられなかった。
しかし、前人未到の記録に挑戦した。
「未遂」「失敗」ではなく「挑戦」として、あの出来事を語れるような世のなかであればいいなと思います。
そして、もし機会があれば、佐々木朗希さんにも挑んでもらいたいなと思います。日本プロ野球では西口文也さんしか挑んだことがない、前人未到の挑戦に。その日が来たなら、細身ながら躍動感のあるフォームで、キレイに伸びる真っ直ぐを投げるふたりの投手のことが、同じ話題のなかで語られることになるでしょう。前人未到の10回完全へ。佐々木朗希なら西口文也をも超えていける、そう確信しています。今はまだ「並んだだけ」ですけどね!
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