「パパ、ちょっと残念な報告があるねん……」
阪神甲子園駅、ホームに向かう階段を上りながら申し訳なさそうに息子が呟いた。
「実はな、今日からな……僕な……阪神を応援することに決めてん」
2021年7月12日、阪神vs横浜DeNAの試合を堪能した帰り道での突然の告白だった。知り合いからチケットを譲っていただき、息子と奥さん、家族3人で観戦した。
その日は3ー0、横浜DeNAが3点リードの9回ツーアウト一塁から奇跡の5連打で阪神がサヨナラ勝ちという年に一度あるかないかの試合。大山が放った打球がショートの横を抜けた瞬間、グラウンドに駆け出すタイガースの選手達に息子が眼をキラキラさせていた。
息子が阪神ファンとして気持ちが固まるに充分な出来事
4歳で54年ぶりにパ・リーグ沖縄開催となった楽天vsオリックスを観戦したのが彼にとって初めてのプロ野球だった。5歳で楽天のファン感謝祭にも参加した。則本昂大や松井裕樹が笑顔でサインを書いてくれた事がこのあいだの出来事だ。京セラドームやほっともっとフィールド神戸で行われる楽天の試合も何度も一緒に足を運び、就寝時には小深田大翔のこぶちゃんクッションを必ず枕元に置いて寝た。
しかし、小学校2年生で始めた少年野球。部員のほとんどが阪神ファン、もしかすると知らぬ間に変なプレッシャーをかけていたのかもしれない。
「そうかぁ。阪神はカッコいい選手いっぱいいるもんな!」
その約3ヶ月後の10月3日、対中日戦。息子が阪神ファンになって初めての甲子園。1ー0、マルテのホームラン1本で勝利。ヒーローインタビューを終えベンチに戻るマルテに「マルテありがとう!」とフェンスにかじりついていた息子が、か細い声をかける。なんで気づいたのかマルテは我が息子の前までやってきた。
「ラパンパララパンパラ……」と何やら息子に語りかけ、自らが持っていたヒーロートラッキーにサインを入れ、息子に投げてくれたのだ。
数秒後に携帯が鳴る。
「かみじょう、今、スカイAに出てない?」
出てない。映りこんでるだけ……。
それは息子が阪神ファンとして気持ちが固まるに充分な出来事であった。
贔屓球団は別になったのに……
先日5月25日、阪神甲子園球場で行われた阪神vs楽天戦を息子と観戦した。これまで同じチームしか応援した事がない二人が初めて違うチームを応援する。
「僕、マルテにもらったトラッキー持って行くから、パパはこぶちゃんクッション持って行きや」
今まで、僕の言う通りについてきていただけの息子が、僕に指示を出す。
「オッケー!」
持って行くつもりもなかったこぶちゃんクッションをカバンに詰め込んだ。息子の希望で試合前の練習から観た。
楽天の練習も終え、皆が一度引き上げた後、小深田大翔選手が一人出てきて素振りを始めた。
「パパ、こぶちゃんクッション出して前まで観に行こ!」
誘われるまま三塁側寄りのバックネット裏まで移動、後ろから素振りを観る。一振り一振りゆっくりと何かを確認しながらの素振りだ。