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日本ハム・中島卓也の、あのピンチでの声掛けがもたらしたかもしれないほんの少しの影響

文春野球コラム ペナントレース2022

2022/08/05
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野村の意識と自覚、そして見守る中島という構図を想像してみる

 野村、今年けっこう声掛けしてるよね。居酒屋で飲みながらそんな話をしていたら、中島卓ファンの女性からこんなエピソードを聞きました。

「こないだ球場に観に行ったとき、ピンチの場面に卓がマウンドに声掛けに行きかけたんだよね。でも同じタイミングで野村が行ったの。そしたら卓はスッと譲った感じで」と。さすがファンだけによく見てるなぁと思いました。中継で試合を見てても全然気づかなかったので、もしかすると画面には映っていないかもしれないワンシーン。

 そう見えただけで、実際に譲ったのかどうかはわからない。でも「ここは間をとるべきだな」と中島が思ったとき、野村もまたそう感じたのだとしたら。野村の意識と自覚、そして見守る中島という構図を想像してみる。勘違いかもしれないし、本当に些細なことかもしれない。けれど、そんなふとした瞬間の出来事に、物語を感じられる。それも野球観戦の楽しみのひとつなのかなと思います。

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中島卓也 ©時事通信社

 声掛けということでは、7月7日の田中瑛斗のプロ初勝利の試合も印象に残っています。6回裏、先頭打者を歩かせてしまった場面。一塁方向を見て二度三度と頷く田中、画面切り替わって一塁キャンバス付近へ戻っていく清宮幸太郎。同期の二人、気心の知れたやり取りがあったのかな。もしかするとその声掛けが彼の緊張を解したかもしれないな。

 まだ未熟で力不足なチームだけれど、そういうひとつひとつの積み重ねが、これからのチームの種となり芽となると良いなと思いますよね。

試合の機微、勝負の綾だったのかもしれない場面

 さて話は戻って9回、2死一・二塁と一打逆転の場面。コーチが戻り、野手たちも散り散りに守備に就いていく。石井も野村も谷内もいないその日の内野陣はどんな言葉をかけたのかな。佐藤龍世が北浦の尻をポンと軽く叩く。間は取れただろうか、緊張はほぐれただろうか。

 打席には鈴木大地、初球は変化球を見逃しストライク。キャッチャーからの返球を受ける北浦。何気なく後ろを振り返ると、視界にはちょうど走り込んできた中島。大きく一度、そして小さくもう一度頷きます。

 ランナーが出て以降、その日ショートの中島は一球ごとに二塁ベース付近まで駆け寄ります。サイン伝達やランナーケアもあるのでしょう。そして守備位置に戻っていきます。もしかすると戻り際にも、北浦に何か声を掛けていたのかもしれない、なんとなくそんな雰囲気を感じました。

 それ以降、心なしか表情の固さが取れたような気がする北浦。腕もちょっと振れるようになってきたかな。まっすぐでファール、カウントを稼ぐ。だが低めに決まった変化球は見極められている。どうなるか、ギリギリの攻防。

 勝負が決したのはカウント2-2からの6球目。高めに浮いたストレートをパチン!と弾き返すとセンターへ抜けようかという球足の早い打球が。「やられた……!」そこへダイビングした中島のグラブの先にボールが収まる。バックトス、キャンバスに駆け込む渡邉諒がキャッチする。これ以上ないビタビタに完璧な超ファインプレーで2-1で逃げ切りゲームセット。北浦は見事にプロ初セーブをあげたのでした。劇的な幕切れ。ふう……疲れた(笑)

 試合後の北浦の談話。「ショートの(中島)卓さんが『守るから』と言ってくれた。信じてよかった」とのこと。

 声掛けしたくらいで大きく変わることはないのかもしれない。けれどプロ同士のギリギリの場面での薄氷を踏むような攻防、そのなかでほんの爪の先くらいの違いが勝負を分けることもあるんじゃないのかな。声をかけてもらって、バックを信じて腕を振って投げ込めたこと。それがグラブの先に収まるかどうかのほんの少しの違いを生んだのではと思ってしまいます。

 マウンドに集まったとき、近寄ったとき、目があったときの言葉とジェスチャー。そこに込められたメッセージ。超ファインプレーの陰にあったあのちょっとした場面は、もしかしたら試合の機微、勝負の綾だったのかも。そういうちょっとしたことが画面の内外に沢山あるのかもしれませんよね。気を抜くと見過ごしてしまいそうですけれど。

 ああ、野球って面白いなあ、そんな風に思わずにいられない試合でした。

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