この夏、ついに甲子園デビュー「女性でもこういう仕事ができるというところをみてもらえたら」
とはいっても、すぐにできる仕事ではない。最初に必要だったのは野球のルールを覚えることだった。「イニング間の整備でも選手が走る方向によって土がどこに飛ぶか変わってきます。それをみて、土を引いて戻したりしているんです。例えばピッチャーはどこに立っているのか、どこが掘れているのか、どこを埋めなあかんとかそういうところをわかっていないとできません」。サッカー少女だった石躍さん。野球の知識は「ショートってどこ?」のレベルからスタートした。自宅でも野球中継を見るようになり、選手の動き、飛び跳ねる土を必死に追った。
ストイックな彼女の姿勢。身についたグラウンド技術が評価され、この夏に聖地デビューを果たした。8月2日の全国高校女子硬式野球選手権大会決勝戦に続き、現在は全国高校野球選手権大会で毎日球児と一緒に汗を流している。
開幕日は雨。さっそく阪神園芸のお家芸ともいえる雨天用シートを敷く作業から始まった。土のグラウンド部分を全面覆うのは20人ほどの力が必要な作業。さらに、雨が降った後はシート上に水が溜まっているため、撤収作業には約30人を要する。「綱引きしてるみたいで、重たいですよ」と話す表情は嬉しそうだ。主に任されるのは打席の整備と、ライン引き。初日は「沢山の観客が入っていて緊張しました」と話すように、慎重にラインを引いていった。風が強い日には石灰が飛ばされないようにゆっくりと……高校野球はイニング間も試合間も整備時間が短いが、そのスピードにも徐々に慣れた。打席の整備もただ均すだけではない。「日中、陽の当たる時間だと土が乾きやすいので、じょうろの水を半分は使います。でも第4試合は打席が日陰になるので、撒く水の量は(じょうろ)半分も使わないですね」。彼女の意識の高さに金沢さんも「緊張もある中で、その意識があるのが良い。みんなができることじゃない」と感覚の世界で生きていく整備士としての素質を感じている。
さらに、彼女の魅力は選手の気持ちがわかるところにもある。
「勝つか勝たないか、見ていてこちらまで緊張します。負けて泣く球児をみると悔しいやろうなと思いますね」
競技は違えども、元アスリート。球児の夢舞台を間近にみて、整備をしながら自身が全国大会に出場した時のことを思い出したという。目標は「選手目線で考えられるような、選手の要望に応えられるようなグラウンド整備をすることです」と話すが、すでに選手に寄り添う気持ちは十分兼ね備えている。「グラウンドに立って満足しているのではなく、いいグラウンドを作りたいという気持ちがある」と金沢さんにもその想いは伝わっている。
球児の熱戦も折り返し。入社後にできたマメはこの夏さらに増えた。審判員や高校野球連盟のスタッフがかけてくれる「ありがとう! 綺麗なグラウンドやね!」という言葉が暑さや疲労を吹き飛ばしてくれる。
「女性でもこういう仕事ができるというところをみてもらえたら」
日焼けしたとびっきりの笑顔が、充実した夏を物語っていた。
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