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「噛ませ犬」なのにエリートに全力で嚙みつく

 その日、戸郷投手には勝ち星はつきませんでしたが、6日後には阿部慎之助さんの引退試合で戸郷投手にプロ初勝利が転がりこみます。優勝決定試合でプロ初登板、偉大な選手の引退試合でプロ初勝利。戸郷投手がいかに「持ってる選手」か、伝わってきます。ここぞの試合で登場するのは、スターの宿命です。

 そもそも、戸郷投手はプロ入りの過程にも「持ってる」エピソードがあります。2018年の侍ジャパンU-18高校日本代表は、甲子園のスターである根尾昂選手(中日)、藤原恭大選手(ロッテ)、小園海斗選手(広島)、吉田輝星投手(日本ハム)といった逸材が名を連ねるドリームチームでした。

 その代表の壮行試合で対戦した宮崎県選抜に、戸郷投手は入っていました。ドラフト1位候補を向こうに回し、戸郷投手は5回1/3を投げ9奪三振の快投を披露します。失礼ながら、宮崎県選抜の役回りは「噛ませ犬」に近いものがあったはずです。日本代表にほどよく活躍してもらって、気持ちよく国際大会に出てもらおう。……そんなぬるい予定調和を戸郷投手はぶち壊してくれました。

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 僕はすごい選手ほど「空気を読まない」と考えています。佐々木朗希投手(ロッテ)など、NPB28年ぶりの完全試合を達成しながら、翌週の登板で8回までパーフェクト投球。完全試合の“非日常感”を“日常”にしてみせました。大谷翔平選手(エンゼルス)だって、104年ぶりの2ケタ勝利&2ケタ本塁打をクリアしましたが、「今までの歴史は何だったの?」と思わせる快挙を次々と成し遂げています。

 そう、つまり超一流の選手は「空気を読まない」というよりは、「常識をぶち壊す」存在なのでしょう。僕は戸郷選手にもそんな素養が備わっていると感じます。

 変則的なフォームから「すぐに壊れる」と評された時期もありました。おそらく野球人生のなかで「投げ方を直したほうがいい」と何度も言われたはずです。それでも、戸郷投手は自分の投げやすいフォームにこだわり、結果を残し続けています。その意味でも常識を打ち破ろうとしています。

 そんな常識破りな選手が、インタビューの受け答えはずば抜けて常識的というのも皮肉なものです。20代前半の天真爛漫さとは無縁の、自分の脳内で冷静に考えをまとめて話せるクレバーさ。ちょっとした軽口が火種となって大炎上するネット社会にあって、戸郷投手は炎上回避センサーでも搭載されているかのごとくソツのない受け答えができるのです。これぞ「令和のアスリート」なのでしょう。

 マウンドでもお立ち台でも炎上を回避する常識破りの常識人・戸郷翔征投手。ドラフト下位指名のエースとなって、ジャイアンツの球団史に輝く存在になってほしいと願っています。

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