侍ジャパンと戦う豪州代表に見つけた「マイケル中村」の名前

 今回の原稿は「文春野球日本シリーズ」第4戦だ。おかげさまで文春ファイターズは読者の皆さんの支持を頂き、ここまで勝ち上がってくることができた。ただ本物のファイターズは、日本シリーズから遠ざかって久しい。今季も新庄剛志監督の就任で話題にはなったかもしれないが、結果は最下位という体たらくだ。今回はファイターズの日本シリーズを、ちょっとだけ思い出すような原稿を書こうと思う。

 来年3月、2017年以来6年ぶりに野球の世界一を決めるワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が行われる。すでに予選は終わっており、イギリスやチェコと言った野球のイメージが薄い国も、本大会出場を決めている。

 今回の日本代表「侍ジャパン」は、栗山英樹監督が率い、コーチに白井一幸氏、清水雅治氏、そしてロッテの新監督に就任した吉井理人氏と、2012年のファイターズ色が濃い。さらにブルペン捕手役に、鶴岡慎也氏まで呼ぶという。そして日本代表が11月に闘う豪州との強化試合メンバーを見ていて驚いた。日本ではなく、豪州代表にだ。

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 監督はデービッド・ニルソン氏。かつてブルワーズの主力打者として活躍し、2000年には中日で「ディンゴ」の登録名でプレーした。日本での成績はさっぱりだったけど……。今季は、米独立リーグの「レイクカントリー・ドックハウンズ」でコーチを務めた。陽岱鋼がプレーしたチームだ。

 ここからやっと本題に入る。コーチに「マイケル中村」の名前があったのだ。日本ハムでの、リリーフとしての大活躍を記憶している方も多いだろう。ただマイケルは引退後豪州へ戻り、常時野球に関わっているわけではないようだ。一度だけ、今回と同じく日本との試合で代表のコーチ陣に加わったことがあった。それがこの秋、再び日本へやって来る。それも、札幌ドームに。これは本当にうれしかった。

マイケルが日本で好成績を残した裏には専属捕手・中嶋聡の存在

 ファイターズと日本シリーズと言えば、皆さんはどの対戦を思い浮かべるだろうか。大谷翔平が二刀流で大活躍した2016年だろうか。それとも巨人の前に苦杯を舐めた2009年や2012年だろうか。最後に継投による完全試合を食らい、中日に敗れた2007年もあった。

 筆者はやはり“北海道移転後初”の日本一という鮮烈な記憶を残してくれた2006年を推す。相手は落合ドラゴンズだった。最後の打者となったアレックスのフライは、左中間へ上がった。引退する新庄剛志が捕ることもできただろうが、左翼の森本稀哲がこれをグラブに収めた。後に「ツーさんの目を見たら、お前が捕れと言われている気がした」と振り返っている。マウンドでは、両手を突き上げるマイケルにナインが殺到。今季で本拠地としての使用を終える札幌ドームは、そこら中が名場面だった。あの年の日本ハムを見ていたファンには、それぞれの名場面があるだろう。

 2006年のマイケルは神がかっていた。当時のパ・リーグ記録となるシーズン39セーブを残した。サインを見る時、上体を倒す独特の構えから、独特のサイドスローで腕を振った。武器にしていたカーブは、意思を持っているかのように打者のバットの下を潜り抜けた。その活躍に欠かせなかったのが、今季オリックスの指揮官として2年連続の日本シリーズへ挑む、中嶋聡捕手だった。

マイケル中村と中嶋聡 ©文藝春秋

 マイケルはド派手なガッツポーズでも分かるように、感情の起伏が激しかった。それを受け止め、結果を出させるには、当時すでに37歳になっていた中嶋の経験と、その結果生まれる“説得力”がどうしても必要だった。マイケルは2004年オフに日本ハムとロッテの入団テストを受け日本ハムが指名。ただこのコンビが定着するまでは、大活躍とはいかなかった。

 日本育ちの投手が、組みたい捕手を公に希望したり、プレーについて発言することはほとんどない。バッテリーは運命共同体。どうしてもうまくやらなければいけないという発想からそうなるのだろう。ただ、マイケルは中嶋と組みたい、組まなければならない理由を隠そうともしなかった。

「納得のいくサインが出るからだよ」